2015年度も10月に入り、後半に突入した。4月に入社した新入社員も研修などを終え、社会人としての第一歩を歩み始めている。
客室乗務員(CA)も例外ではないが、大量に入社する新人を同時に訓練することは、実機を模した施設での緊急脱出訓練などを実施することもあり難しい。日本航空(JAL/JL、9201)には、2015年度は約260人の新人CAが新卒入社。1組24人が2組ずつの計48人ごとに約1カ月半の訓練を受け、OJT(実地研修)を経てCAとして独り立ちしていく。
2015年度新卒入社のCAの中には、JALがパソナグループのキャプランとともに2014年1月に開設した、CAを目指す学生向け講座「JALエアラインアカデミー」の1期生もいる。幼いころからの夢を実現しようと、受講した学生も多い。1期生38人のうち、就職活動中だった学生は28人で、6割にあたる17人がJALの内々定を獲得した。
2014年1月の開講式を取材する中で、当時大学3年生だった中村幸菜さんにCAを目指す理由を聞いた。小学生の時に家族でJAL便に乗った中村さんは、機内で父親の腕にしがみついていたという。その時にCAがキャンディーをくれたり、不安を和らげるよう声を掛けてくれた。この体験を通じて、中村さんは小学生のころからJALのCAを目指し、学生時代もアルバイト先はカフェなど接客業を意識的に選んだ。
そして今年4月1日、JALの入社式に中村さんの姿があった。「CAになることが最終目的ではなく、人として大切なことが学べる場」と、アカデミーで学んだことを振り返った。小学生のころからJALのCAを目指してきた中村さんは、6月29日から訓練に入り、9月3日にはOJTを終えて独り立ちした。1期生の中には、中村さんよりも一足先に訓練が始まり、乗務している同期もいる。
—記事の概要—
・人として大切なことを重視
・飲み物出す手が震えた
・みやげ袋は機首側に
・乗務に答えなし
夢をかなえたとはいえ、人命を預かるCAの新人訓練は厳しいもの。憧れと現実の差を、最初に痛感するのがこの訓練と言える。夢を実現した中村さんに、訓練を終えて乗務を始めた心境を聞いた。
人として大切なことを重視
JALエアラインアカデミーは、航空会社であるJALが運営に参画している。しかし、教官を務める先任客室乗務員によると、客室モックアップの体験などはあるものの、救難訓練などCAが航空会社で受ける訓練はない。講義内容は、受講生が自己を知ることに大半の時間をあてており、CA以前に一人の人間として、社会人として大切なことを教えることに注力している。
「CAとして求められることを教える部分は、数%に過ぎないかもしれません」と前出の教官は話す。アカデミーを受講できれば、CAとしての就職活動も安泰、というわけではない。入社後の訓練も、アカデミー出身かは考慮せず、訓練を受けるグループを分けている。
入社式で中村さんは、「女性として大切なものを、CAの仕事を通じて学びたい」と話してくれた。しかし、いざ訓練が始まるとそれどころではなかったという。
「目の前のことを学ぶので精一杯。訓練を終えなければ、乗務することも、お客様にサービスすることも出来ません」と振り返る中村さんは、12年間目指してきたことをかなえる為の期間だと言い聞かせ、訓練を乗り切った。
救難訓練初日を終えた中村さんは、「訓練内容を一つひとつ乗り越えられないと、万が一の時に対処できず、お客様を助けられないというのを実感しました」と、これまでイメージしてきた訓練の厳しさを実感。自分の中にあった“厳しい”という言葉の意味合いが違うと、同期と話したという。
2014年3月に稼働した非常救難訓練センターの新施設では、機体を模した緊急脱出訓練用モックアップの非常ドアの窓に液晶モニターを設置。機外で火災が発生した場合にどう対処するかなど、よりリアルな訓練ができるようになった。
「煙が出たり、衝撃音が響いて、ドアの景色が変わりました。ドアを開けるかどうか、状況を判断しなければなりませんが、かなりリアルでした」と、新施設の狙い通り、さまざまな想定条件下で訓練を受けた。
飲み物出す手が震えた
そして、救難訓練を終えた中村さんに制服が支給され、7月27日からはサービス訓練が始まる。乗客役の教官に対して接客し、手荷物収納棚の安全確認や機内食の提供など、乗客が目にするサービスの訓練だ。
12年間憧れた仕事の制服を着た感想を尋ねると、「似合わないな、思いました」と苦笑する。「制服を着られてうれしいというよりも、責任の重さを感じました」という中村さんは、サービス訓練は、救難訓練で学んだことが点と線で結ばれたという。
サービス訓練は最初に教官が手本を示す。乗客が搭乗する前の安全確認や上空でのサービス、降機後の確認など、一連の流れを学ぶ。
「サービスと言っても、常に安全が絡んできます。カートで飲み物を提供する時も、熱い飲み物はやけどにつながることもありますし、カートがお客様に当たることも起こりえるからです」と、CAの仕事内容と安全は切っても切り離せない。訓練が進むほど、救難とサービスの訓練が結びついていく。
そして、ついに営業便に搭乗するOJTが始まる。8月後半から1泊2日の日程で、最初の便は羽田発那覇行きJL905便だった。人生初の制服を着用した乗務。訓練生とはいえ、乗客から見ればJALのCAだ。
「飲み物を出す手が震えました」と、緊張の初フライトを振り返る。先輩CAが常にそばにいるといえども、一人のCAとして仕事をしなければならない。一通りサービスを終えると、先輩からは「休憩していいよ」と言われるが、那覇に着いた時には疲れきっていたという。
みやげ袋は機首側に
9月3日。いよいよOJTも最終日を迎えた。那覇発羽田行きJL914便がOJT最後のフライトとなった。「今までは先輩がついていて、自分の知識や経験をすべて教えたいという思いで教えてくださいました。これからは自分で飛行機を守らなければならないと、責任の重さを感じました」という。
翌日4日には、一人のCAとして乗務が始まった。最初は空港へ向かう時も緊張していた中村さんだが、乗客に感謝してもらえることが心の支えになっている。
「秋田から羽田へ戻る際、おじいさんが一人で乗っていました。紙袋を手荷物棚に載せるのをお手伝いした際、離陸や着陸時につぶれないよう、機首側に置いたのですが、御礼を言われました」と、うれしそうに話す。
おじいさんの紙袋の中には、東京の家族への秋田みやげが入っていたそうで、「慌ただしい中で、細かいところまで考えてくれているんだね」と声を掛けられたという。
こうした気づきこそが、アカデミーで学んだ相手の気持ちを理解できる、人として大切なことだった。
乗務に答えなし
小学生のころからCAを目指してきた中村さんだが、さまざまな職種の人が、出発の何時間も前から念入りな準備をしている現実は、想像以上だったようだ。そして、CAという職業は答えがないことが大変だという。
「訓練は最終地点が見えていますが、OJTや乗務では答えがありません。今日はこれをしっかりやると決めていても、課題が出てきます」と、サービスの難しさを話す。
しかし、実際に中村さんが乗務している姿を取材すると、機内では年配の夫婦などに頼りにされていた。一見すると新人CAには見えないほど、安定したサービスぶりが印象に残った。
ひとりのCAとして、乗務開始から1カ月。将来はどんなCAになりたいのだろうか。改めて気持ちを確かめてみた。「今まで大切にしてきた、感謝と相手の気持ちを考えることを、ずっと胸にとめていきたいです」と決意を新たにする。「後輩に自分のような先輩になりたいと思ってもらえるような、社会人としても、CAとしても素敵な女性になりたいです」。
入社式で女性として大切なものを、CAという仕事を通じて学びたいと話していた中村さんの気持ちは、厳しい訓練を経た乗務開始後も変わっていなかった。CAとして求められること以前に、人として何が大切かをアカデミーで学んだ1期生たちは、どんなCAに成長し、どんな後輩を育てていくのだろうか。
関連リンク
JALエアラインアカデミー
日本航空
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