10月15日、三菱航空機と三菱重工業(7011)はリージョナルジェット機「MRJ」の最終組立を開始した。2014年4月には、MRJにとって低燃費を実現する目玉のひとつとなる、米プラット・アンド・ホイットニー(P&W)製のギヤード・ターボファン・エンジン「PurePower PW1200G」が機体に取り付けられる予定だ。
PurePowerシリーズは、エンジンのファンを低圧コンプレッサーとタービンとは異なる速度で動作させることができるギア・システムを採用しているのが特徴。このシステムと新設計のエンジン・コアを組み合わせることで、燃費と排気、騒音を改善している。
同シリーズは、MRJだけではなく、エアバスA320型機のエンジン換装型A320neoにも、「PurePower PW1100G-JM」が2種類から選べるエンジンのひとつとして名を連ねる。また、9月に初飛行に成功したボンバルディア・エアロスペースが開発を進める100席から149席クラスの小型旅客機Cシリーズにも、「PurePower PW1500G」が採用されている。
特にA320neo用のPW1100G-JMは、P&Wのほかに財団法人日本航空機エンジン協会(JAEC)と独MTUアエロエンジンズによる国際共同事業で、JAECには三菱重工業(7011)と川崎重工業(7012)、IHI(7013)が参画。JAECが全体の23%を担当している。
今回は前回のロールス・ロイス編に続き、P&Wの幹部にPurePowerシリーズの現状や、日本企業に対する評価を聞いた。高い技術を持つものの、世界的に激化した競争環境下で自信喪失気味の日本企業。10月に東京・大田区で開かれたシンポジウムに登壇するため来日した、バイス・プレジデントのアンドリュー・タナー氏とプログラム・ディレクターのエドワード・ベンダーナーゲル氏を尋ねた。
日本企業の活躍が知られていない
── 9月にボンバルディアのCシリーズが、ギヤード・ターボファン・エンジン(GTF)を搭載した機体として初飛行した。感想は。
タナー氏:とてもうれしい。機体にとっても、エンジンにとっても良い一日になった。
機体とエンジンが静かだという印象だった。GTFエンジンを搭載した機体が初めて飛行したということで、我々にとっても極めて重要な一日になった。
── MRJ用PW1200Gの進捗は。
タナー氏:PW1200Gも順調だ。三菱航空機と緊密に連携を取りつつ、求められる要件をサポートしている。
生産へ移行するにあたり、すべて順調に進んでいる。同社との関係も良好だ。
── 今回の来日は日本企業とコンタクトを取るためなのか。
タナー氏:我々のエンジンを日本の航空会社やサプライヤーなど、航空業界の方に紹介するためにシンポジウムを2日間開催した。
ベンダーナーゲル氏:今回シンポジウムを開いた目的はもう一つある。PurePowerシリーズは、かなりの部分が日本で製造されており、日本企業が重要な役割を果たしている。しかしながら、このことが必ずしもよく知られていない。シンポジウムを通じて、多くの方々にこの事実を知っていただきたいと考えている。
── PurePowerを開発する上で、日本企業はどのような貢献をしてきたのか。
ベンダーナーゲル氏:A320neo用のPW1100G-JMでは、JAECとの協力関係を誇りに思う。JAECはファン、低圧圧縮機、低圧シャフト、燃焼器の一部などを分担している。PW1100G-JMの“J”はJAEC、“M”はMTUと、パートナーを表している。
タナー氏:MRJ用のPW1200Gは、三菱重工がパートナーで部品製造だけではなく、組立やテストを同社の名古屋航空宇宙システム製作所で行っている。
PW1100G-JMは年間150万ドルの経費削減
── 小型機ではPurePowerシリーズはどの程度採用されているのか。
タナー氏:4700基以上のエンジンを受注しており、市場での成功に大変満足している。
── Cシリーズの初飛行ビデオを見ると、大変静かだった。PurePowerが成功した一番の理由は何か。
タナー氏:低騒音はエンジンのアーキテクチャーで実現できた。エンジンファンがコアよりもゆっくり回転することで、最適な性能を得られているからだ。
── A320neoでは他のエンジンも選択できる。PW1100G-JMの優位性はどこにあるか。
タナー氏:PW1100G-JMは、整備費や燃料費といった運航コストが2桁ほど改善した。航空会社にとっては燃料を大幅に削減でき、年間150万ドル相当の経費削減になる。同時に二酸化炭素(CO2)排出量の削減にもつながり、騒音も従来型エンジンと比べて75%減少するので、航空会社には大きな価値をもたらす。
ベンダーナーゲル氏:A320neoについて、もう一つ付け加えるならば、競合他社と比べて50%以上を受注したということだ。より長距離を運航するA321neoでは75%の受注を獲得した。これは長距離など厳しい運航条件で、市場がPW1100G-JMを評価してくださったと言えるだろう。これからさらに受注が増えるだろうと考えている。
── 日本のLCCはA320を飛ばしている。彼らがA320neoを導入する際、どうやってPW1100G-JMを選択させるか。
ベンダーナーゲル氏:来年以降A320neoが実際に飛行すると、(低燃費や低騒音といった)これまで言ってきたことを実証できるだろう。そうすれば、自明の理になる。
── 今後中型機や大型機向けのPurePowerを製造する可能性は。
タナー氏:GTFエンジンは、人によっては20年掛けて実証してきたという意見もある。このアーキテクチャーは非常に柔軟なもので、大型化を阻むものは何一つない。我々としては航空機メーカーのニーズを観察し、どういったエンジンを必要としているかを調査・研究しているが、現状は単通路機に焦点を当てていきたい。
日本企業「すごいことをやってくれた」
── MRJ用エンジンの開発はP&Wにとって意味があったか。
タナー氏:大いに満足している。初めての技術を投入したプログラムだったので、共に努力することで良いエンジンになったと考えている。
── 日本企業は低圧圧縮機には参入できているが、高圧圧縮機などの分野にも参入できるか。
ベンダーナーゲル氏:絶えず新たな技術を探しているので、我々にとって意味があるならば、一緒にやっていくことになるだろう。
── 日本企業には何を求めていくか。
タナー氏:今回のPurePowerの開発で日本企業との関係が深まった。彼らは我々の製品にふさわしい技術を持ち込んでくれたので、自らのポジションを確保できたと言えるだろう。新技術は素材であれ、部品であれ、我々は絶えず検討していく。
ベンダーナーゲル氏:日本企業は設計面でも責任あるパートナーとして技術力を大いに示した。技術の進んだものを持ち込んでくれたことは大きな貢献であり、現時点でもすごいことをやってくれたと評価している。
日本の技術力や航空機業界の力は強靱(きょうじん)であり、PurePowerシリーズの開発で極めて役立った。日本のパートナーのおかげで成功したと言っても過言ではない。
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前回、ロールス・ロイスの研究技術部門でディレクターを務めるリック・パーカー氏は、「英国と同様、日本も生産コストが高いので、高付加価値でいくべきではないか」と、技術面で成長するアジア諸国に対して、日本企業は高付加価値戦略を採るべきとの考えを示した。
一方、P&Wのタナー氏はPurePowerの開発を通じて、日本企業が「ポジションを確保できた」と評価。ボーイングとの機体開発と並び、日本の重工各社がJAECを通じて、長年航空機エンジン開発に貢献してきた成果とも言える。
機体とエンジン双方で日本企業が世界的なポジションを確固たるものにした今、航空機産業界で自らの持ち味である革新性を武器に、新たな市場を切り開き、さらなるポジション向上が望まれる。そのためには、政府によるバックアップも極めて重要なのは、言うまでもない。
関連リンク
Pratt & Whitney
特集・日本企業への処方箋(全2回)
・ 「日本も高付加価値戦略を採るべき」(ロールス・ロイス編)
PurePowerシリーズ採用機の動向
・ボンバルディア、CシリーズCS100の初飛行成功
・MRJ、初号機の最終組立開始
・最終組立控えるMRJ 写真で見る初号機のいま
・三菱航空機、MRJの胴体を初公開 10月から最終組立へ
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・A320neo用PW1100Gのテストエンジン完成