三菱重工業(7011)が開発中止を2月7日に正式発表した国産ジェット機「三菱スペースジェット(旧MRJ)」。ローンチカスタマー(初期発注者)であるANAホールディングス(ANAHD、9202)が契約解除を4月24日に発表したことで、プロジェクトは初の受注から15年で終焉を迎えた。開発費は総額1兆円を超えるとも言われるが、未完で終わった。
スペースジェットは、2008年3月27日に持株会社化前の全日本空輸(ANA/NH)から確定15機とオプション(仮発注)10機の最大25機を受注して事業化。2014年8月28日には、日本航空(JAL/JL、9201)からも32機すべてを確定で受注した。名称は2019年6月にMRJからスペースジェットに改め、開発中止を発表した今年2月7日時点の総受注は267機で、このうち確定受注は153機、オプションと購入権は114機だった。
ANAが24日に発表した契約解除は確定発注の15機分だが、オプションはあくまでも確定発注に付随するもので、すべての発注契約が5507日、15年と29日で終了した。JALも2月28日に「導入予定航空機」に関する補償金として80億円を受領すると発表しており、さまざまな条件を勘案するとスペースジェットの契約解除に当たるものといえる。
JALの場合、スペースジェットで置き換えを予定していた機種はリージョナルジェットの世界最大手、ブラジルのエンブラエルが製造するエンブラエル170(E170、1クラス76席)で、エンブラエルは近いサイズのE175-E2を開発中だ。では、ANAはどういった代替策をとっていく可能性があるのだろうか。
—記事の概要—
・MRJ時代に代替機導入
・新型エンジンはライバルが有効活用
・エアバス機になり売れるA220
・E2は低運航コスト訴求
・迫るターボプロップ後継
MRJ時代に代替機導入
まず、今回の契約解除で、4月27日にANAHDが発表予定の2023年3月期通期連結決算や、今年度のANAグループ航空輸送事業計画への影響はないとしている。それもそのはずで、ANAHDはスペースジェットの度重なる納入遅延で、代替機を手配済みだからだ。
ボンバルディア(現デ・ハビランド・カナダ)のターボプロップ機DHC-8-Q400型機(1クラス74席)を2017年度に3機導入し、その後ボーイング737-800型機(2クラス166席)をリースで4機導入するなど、数年前からスペースジェットの納入が計画通りに始まらないことを織り込んで、機材発注など経営計画を立てている。
とはいえ、これらの機体もいつかは更新時期がやってくるし、そもそも適性サイズの機体とは言いがたい。MRJがローンチした当時のラインナップは、メーカー標準座席数が88席の標準型「MRJ90」と、76席の短胴型「MRJ70」の2機種構成だった。改称後はMRJ90を「SpaceJet M90」に改め、米国市場に最適化した機体サイズの70席クラス機「SpaceJet M100」をM90を基に開発する計画だった。
ANAが導入を計画していたのはM90(MRJ90)で、74席のQ400も166席の737-800もサイズが異なるのは言うまでもない。また、2020年6月に退役した1クラス126席の737-500も、スペースジェットの納入遅延で、代替機としての役割も一部担っていた。737-800を追加導入することで機材繰りに余裕を持たせ、玉突きで737-500を低需要路線に投入していた、というのが実情だ。
新型エンジンはライバルが有効活用
スペースジェットに近いサイズのジェット旅客機は、エンブラエルの最新機材であるE2シリーズと、エアバスがカナダのボンバルディアから2018年7月に買収し、名称を「Cシリーズ」から変更したA220の2つだ。
このうちE2シリーズは、従来のE170とE175、E190、E195の4機種で構成する「Eジェット」(E1)の後継機で、E175-E2とE190-E2、E195-E2の3機種で構成する。新型エンジンや新設計の主翼、主脚の格納した際のドアなどで、燃費を向上させた。1クラス構成の標準座席数は、E175-E2が88-90席、E190-E2が106-114席、E195-E2が132-146席となる。
E2とA220のエンジンは、スペースジェットと同じく、低燃費と低騒音を特徴とする米プラット&ホイットニー(PW)製GTFエンジンを採用。E2は推力の違いにより、E175-E2がPW1700G、E190-E2とE195-E2がPW1900Gを搭載し、A220はPW1500Gを採用している。
MRJ時代、エンジン選定や開発の一部は三菱が先行していたが、皮肉なことに売りのひとつだった新型エンジンは、ライバルと言える後発機が有効活用することになってしまった。
3機種あるE2のうち、最後に開発が本格化したE175-E2の就航時期は、2027年から2028年の間を予定。「スコープ・クローズ」と呼ばれるリージョナル機に関する米国の労使協定に関する協議の進捗や、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の民間航空機市場への影響などによるものだ。
仮にANAがM90とほぼ同じサイズを求めるとなると、E175-E2がもっとも近く、少し大きめであればすでに就航しているE190-E2になる。
エアバス機になり売れるA220
一方で、旅客機のサイズは年々大きくなっている。例えばボーイングのベストセラー、737は1997年に初飛行した前世代の737NG(次世代737)ファミリーは、737-600、737-700、737-800、737-900と、1クラス構成のメーカー標準座席数が132席から215席までのラインナップだった。
これが2016年に初飛行した現行の737 MAXファミリーでは、737-7(737 MAX 7)、737-8(737 MAX 8)、737-9(737 MAX 9)、737-10(737 MAX 10)となり、標準座席数は1クラス172席から同230席と、ワンサイズ大型化している。
エアバスも同様で、A320ceo(従来型A320)ファミリーは、A318、A319、A320、A321で構成し、1クラス構成のメーカー標準座席数は132席から220席だった。新型エンジンを搭載するA320neoファミリーは、A319neo、A320neo、A321neoが基本的なラインナップで、標準座席数は160席から244席と、250席近い構成すら可能になった。A321neoの派生型には、航続距離を延長したA321LRやA321XLRもあり、最大11時間飛行できる。
A320neoや737 MAXが大型化したことで、100-150席クラスの機体は大手2社にとって空白地帯になった。ボーイングはエンブラエルの民間機部門を統合し、E190-E2とE195-E2で穴を埋めようとしたが、2017年から本格化した交渉がまとまらず、 2020年4月に中止が決定した。
対するエアバスは、2018年にボンバルディアからCシリーズを買収し、A220としてラインナップに組み込んでおり、100-150席市場ではリードしている。A220は部品を9割以上共通化したA220-100(旧CS100)とA220-300(CS300)の2機種で構成され、標準座席数はA220-100が100-130席、中胴が3.7メートル長いA220-300は130-160席となる。
ANAがM90にあたる機材を、これまでより大きな100席以上で検討するとなると、すでにエアバス機を導入していることから、A220も有力な選択肢になると言える。例えばA320neoファミリーを追加発注する際、A220も購入するのであれば、有利な条件で機材を調達できる。
実際、海外の航空会社では、A220をA320neoなどとセットで発注している事例が増えており、インバウンドの地方送客が見込め、国内線の需要が高まるのであれば、M90とまったく同じサイズで検討する必要もなくなる。
E2は低運航コスト訴求
100席から240席までの単通路機をそろえたエアバスにとって、スペースジェットが退場した今、ANAにA220を売り込むのは自然な流れだ。これはANAだけでなく、ANAとコードシェア(共同運航)を実施しているエア・ドゥ(ADO/HD)やソラシドエア(SNJ/6J)なども視野に入れた売り込みになる。
日本で航空会社の担当者を招いたデモフライトも行われており、直近では昨年(2022年)5月にA220のフライトが行われた。アジア太平洋地域でのデモンストレーションツアーの一環で、ラトビアのエア・バルティック(BTI/BT)の機体(A220-300、登録記号YL-ABH)が羽田空港へ飛来し、大きな窓や手荷物収納棚を備える快適性や、環境性能の高さをアピールした。
対するエンブラエルも、E2シリーズのデモフライトを日本で実施している。やはり昨年11月にアジア太平洋ツアーの一環で羽田空港をE195-E2が訪れた。
では、100-150席市場でA220がエアバス機というメリットを打ち出す中、エンブラエルはどのような訴求をしているのか。
11月に来日したエンブラエル民間航空機部門のマーティン・ホームズ最高商務責任者は、A220との違いについては「A220は航続距離が長い分、機体が重い。E2はA220と比べて軽く、低燃費、低騒音、CO2(二酸化炭素)が低排出、運航コストを下げられるといったメリットがある」と、似たような座席数ながらも、航続距離などターゲットの違いから、運航コスト面で違いが出てくることを指摘していた。
迫るターボプロップ後継
ANAの場合、さらに見ていくとターボプロップ機であるQ400の後継機問題もある。戦後初の国産旅客機である日本航空機製造YS-11型機の後継として2003年から導入している機体で、50席以上100席未満のターボプロップ機の新造機を導入するとなると、エアバス傘下の仏ATRが製造するATR42-600(1クラス48席)かATR72-600(同72席)の二択と言っても過言ではない。
このため、将来的な国内線の需要動向を見極めた上で、現行機をそのまま同じサイズの機体に更新するのではなく、ANAグループで運航する機体全体のバランスから、ターボプロップ機の置き換えとスペースジェットに該当するジェット機の導入を検討していくことになるだろう。
スペースジェットの納期は当初、2013年だった。仮に計画通りであれば、今年で就航10周年を迎えていた。6度目の延期で2021年度以降となり、ついに未完の航空機となった。コロナ後の需要回復をみながら、E2やA220の熾烈な受注合戦が近いうちに繰り広げられることになるだろう。
A220もE2も羽田で関係者招く
・羽田で最新鋭E195-E2披露も 特集・リージョナル最大手エンブラエル、スペースジェット撤退後の一手(23年2月12日)
・エアバス、A220羽田で公開 大きな窓や手荷物収納棚で快適性重視(22年5月9日)
当紙スクープ
・【独自】スペースジェット、開発中止決定 次期戦闘機に知見生かす(23年2月6日)
・三菱重工、スペースジェット開発中止を正式発表(23年2月7日)
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・スペースジェット開発中止で問われる267機の責任 特集・機体メーカーとしての三菱重工(23年2月9日)
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・スペースジェット試験機、3機は米国で保管 解体か保存か(23年2月7日)
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