「私が小学生の時に大阪万博があり、あの時に初めてコンピューターとか、月の石とかに触れる機会がありました。子供たちが空飛ぶクルマとか、ロケットとかに興味を持ってくれて、航空宇宙を担う人が増えないとダメだと思うんですね」。
今から53年前、大阪府吹田市の千里丘陵で日本万国博覧会(大阪万博)が1970年に開かれ、183日間で6421万8770人が訪れた。そのひとりが、「空飛ぶクルマ」と呼ばれるeVTOL(電動垂直離着陸機)や物流ドローンを開発するSkyDrive(スカイドライブ、東京・新宿区)のCTO(最高技術責任者)を務める岸信夫さん(64)だ。
三菱重工業(7011)でF-2戦闘機の開発や先進技術実証機プロジェクトマネージャーを務めた後、三菱航空機で2012年から国産ジェット旅客機「MRJ(現スペースジェット)」のチーフエンジニア、副社長を歴任。定年退職後、SkyDriveの福澤知浩CEO(最高経営責任者)と知り合ったことで、ベンチャーに転じた。
私にとって岸さんと言えば、三菱航空機の副社長としてMRJの取材でお世話になった方だ。「戦闘機は29年くらい。はるかに長いです」と笑う。「F-2をやっていた時、私が一番若いくらいで今年64歳。F-2をやっていた人間はほとんど退職していますね」と話す岸さんは、自らの戦闘機や旅客機での経験を、若い技術者たちに伝承していくことが日本の航空産業にとって重要だと考えている。
2018年に設立されたSkyDriveは、2020年に有人試験機SD-3の公開試験飛行に成功。2021年には機体の安全性を証明する「型式証明(TC)」の取得に向けて国土交通省に申請し、受理された。2025年に開催される大阪・関西万博では、eVTOLによる「エアタクシーサービス」の実現が目玉のひとつであり、SkyDriveも初の商用機SD-05をこの年にローンチさせる計画だ。
「何が難しいんだろう、と思っていたんですが、難しさが違うんですよ」と言う岸さんに、戦闘機や旅客機の開発との違い、技術伝承の重要性などを聞いた。
—記事の概要—
・数式確立されていないeVTOL
・ルールメイキングに参画できる可能性ある会社
・現物を触る大切さ
数式確立されていないeVTOL
岸さんは三菱重工でF-2のエンジン艤装(ぎそう)を担当。任された分野はまずは自分で対処しなければならず、「自分が使う部品は自分で要求を決めて調整しなさい、と言われていましたね」という岸さんは、問題が発生したら自分で直す、という作業を繰り返していたという。
SkyDriveでeVTOL開発に携わるようになった岸さんは「今の状況はその時と似ているかもしれません。“今までがこうだから”というやり方があまり使えません」と、eVTOL固有の問題にどう対処していくかが開発の難しさだと指摘する。
「一般的な飛行機であれば、主翼があって、エンジンがあって、舵面があってと、各部分一つの機能だけですが、eVTOLは全部一緒です。ローターの力の何%で機体を浮かせて、何%で前進し、何%で向きを変えるのかと、調整がすごく大変。飛行機やヘリコプターはそれなりの関係性が数式として成立しているのですが、ライト兄弟のころに戻った感じですね」と、ノウハウが十分蓄積されていない分野だけに工夫のし甲斐がある。
そして、戦闘機や旅客機とeVTOLが異なる点は、基本的に汎用品を活用して機体を作る点だ。戦闘機や旅客機は専用品を開発できるが、eVTOLやドローンではコスト高になってしまい、価格競争力に影響が出てしまう。「今あるものを使いたいので、実装化する技術は戦闘機や旅客機とは違う難しさがありますね」と、どうやって既製品で実現したい機能にたどり着けるかを考えるのは、これまでとは違った領域だ。
そもそも、eVTOLはまだスタンダードと言える機体や推進装置の形が見えておらず、各社の機体デザインはバラバラ。「主翼の有無やローターの数など手探りな部分があります」と、教科書通りに作れず、その教科書も自分たちで作っていかなければならない反面、自分たちが業界標準を確立できる可能性がある。
ルールメイキングに参画できる可能性ある会社
SkyDriveに転じて感じたのは、「飛び出せる勇気があれば面白い」と岸さんは話す。「eVTOL業界は、勝者も敗者も決まっておらず、ワールドワイドに頑張れる会社になる可能性があります」と、自分たちの努力次第で目に見える成長につなげられる。
ベンチャーというと若者ばかりというイメージだが、岸さんによると、SkyDriveの場合は同じように大企業から移ってきた経験豊富なベテランも多いという。岸さん自身もベンチャーであるSkyDriveに転職することを当初は家族から反対されたそうだが「これからは新しいもの、現場に近いことをやりたいと、SkyDriveに入りました」と、まだ正解が見えないeVTOLの世界に転じた。
岸さんが携わったMRJが苦戦したのは、国が機体の安全性を証明する「型式証明(TC)」の取得だ。このTC取得で越えなければならないハードルは、ボーイングやエアバスといった欧米勢が決めたもの。しかし、まだ大枠が定まっていないeVTOLであれば「ルールメイキングに参画できる可能性がある会社だと思います」と、安全性を高める技術などを自ら国際社会に対して積極的に提案していけば、ルールを作る側になれる可能性がある。
「国際的なシンポジウムには機会があれば参加するようにしています。この間はICAO(国際民間航空機関)のシンポジウムでパネルディスカッションに参加できました。ICAOに行くまでは海外へ出ることを身構えていましたが、これがルールメイキングの第1歩になるかもしれない」と話す岸さん。
英語でのやり取りに不安を感じていたものの、「失敗しても、ま、いいか、と考えるようにしました」と笑う。「自分たちで今できることを、背伸びせずにやることが大事です」と、壁を越えていくことの大切さを痛感したという。
「“壁”というと、他人と自分の壁とか思うけど、最近思っているのは壁は自分の中にあって、『これ無理』『ここまでしかできない』と思っていることがいっぱいあると思うんです。僕の中ではICAOに行くとか、海外に行くのは、今までだとちょっと身構えていたけど、『ま、いっか』『壁を越えちゃうか』『リカバリーきくだろうし』と考えるようになりました」と、考え方が変わり自らの内なる壁を越えた。
現物を触る大切さ
岸さんが若手社員と接する上で重視しているのが、現物に触れることだ。岸さんが若手だったころは、「まだF-104が飛んでいて、F-15を導入したばかりでした。F-15のトラブルシュートに追われる日々で、トラブル原因の探求で動く原理がわかり、重さや大きさ、油がどれだけ漏れるかがわかりました。その上でF-2の開発にいったので、同じ事が起きないようにしよう、F-15の重さはこれくらいだったな、という経験が役に立ちました」と、現物に長い時間接していたことが、のちの仕事で非常に役立ったという。
「F-2の時はパソコンなんてなかったですからね。計算のやり方を間違えたとなると、先輩から『昔は計算機がなくても飛行機が飛んでるんだぞ』と怒られたものです」と、自らが若手だったころを振り返る。三菱重工の先輩たちがみせたストイックな姿が、岸さんには大きな影響を与えていた。
「今は(3次元CADの)CATIAで図面を書きますが、若い人は画面で見た大きさが実際の大きさだと思うことがあります。現場で実際の部品を見て『こんなに大きいんですか』と驚かれたこともありましたよ」と、現物を知らないと思わぬトラブルにつながり兼ねない。
「大学では理屈っぽいことを一生懸命勉強してくるわけで、テストフィールドでものを触るのが大事です」と、机上にとどまらない知識の習得が重要だ。「実物で大きさとか、重さとか、使われる環境を感じながらやらないと、紙の上だけの仕事になってしまうんですよ」と現物から学ぶことの大切さを力説する。
SkyDriveの場合、開発センターに加えてテストフィールドがあるため、実機に接しながら機体開発に取り組める。
半世紀前にコンピューターに初めて接した岸さんは、2025年の大阪万博でeVTOLが飛ぶ姿を子供たちに見せることで、次の世代に航空宇宙産業の素晴らしさを伝えていく。
(つづく)
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