エアライン, 解説・コラム — 2022年9月30日 23:30 JST

「無反応はキツいですね」医療従事者が非言語の役割実感 特集・JAL破綻後のパイロット訓練再構築(1)

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 航空会社の機長と副操縦士は、コックピットの中でどういう上下関係なのだろうか。上司と部下、師匠と弟子、同業のパイロット同士──。さまざまなケースがありそうだ。もし、怒りやすい上司と気弱な部下という関係だった場合、機長が間違った判断を下した時に、副操縦士がちゅうちょなく誤りを指摘できるだろうか。そもそも、パイロットという職種では、機長が常に絶対的上位というあり方でいいのだろうか。

JAL本社で開かれた講座で医療従事者にノンバーバルコミュニケーションや傾聴する姿勢の重要性を説明する石川機長=22年3月 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

 日本航空(JAL/JL、9201)は2010年1月の経営破綻を契機に、パイロット訓練を大きく見直した。資格維持以外の訓練ができなくなり、新人養成は全面停止。破綻直前に採用された自社養成パイロット訓練生の中には、別の会社などで夢を実現することになった人もいる。大きな犠牲を払いながらも、日常の訓練を行っていては難しい訓練内容の全面見直しに着手することもでき、通常であればシステム開発業者に外注する評価システムをパイロットが自ら構築し、社内外から評価された。

 知識や技術といったコンピテンシー(評価要素)に基づいた訓練と評価システム「JAL CB-CT」を構築することで、パイロットの能力や訓練の進捗を可視化。訓練を評価するインストラクター(教官)資格を持つ機長の主観的な指標ではなく、「こういうことが起きていた」といった客観的な表現で指摘し、改善につなげていく。同時に、評価者も成長していく仕組みも作り上げていった。

 今年2月からは、パイロットの訓練ノウハウを生かした企業・団体向けの研修を始めた。JALは新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響で航空需要が大きく落ち込んだことから、客室乗務員が講師を務めるサービス教育プログラム「JALビジネスキャリアサポート(JAL-BCS)」をスタート。社員のノウハウの“外販”を進める中、パイロットの知見も医療従事者などから問い合わせが寄せられていたことから、講座を開くようになった。

 訓練を抜本的に見直して10年が過ぎ、JALのパイロットたちは自らの経験をどう伝えているのだろうか。(肩書きは取材当時)

—記事の概要—
「目は口ほどにものを言う」
自らの体験を話し、考えて行動

「目は口ほどにものを言う」

 東京・天王洲のJAL本社には、医療関係者が集まっていた。JALのパイロットが開く講座「安全のためのパイロットのレジリエンス」の受講生で、レジリエンスは「回復力」「復元力」「弾力」を意味する英語。安全の分野では「さまざまな要因を柔軟に対処しながら安全を確保する」という意味で使われている。

JAL本社で開かれた講座で医療従事者にノンバーバルコミュニケーションの重要性を説明する石川機長=22年3月 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

 医療現場も医師や看護師、臨床工学技士など、さまざまな職種の人がチームを組んで患者の治療にあたる。もし医師が絶対的な立場として振る舞った場合、周囲の人が間違いに気づいても指摘しにくくなれば、患者の命にかかわる。機長の判断ミスを副操縦士が指摘できないと、安全問題になりかねないパイロットの世界に近いものがあると言えるだろう。

 講義の中では、「傾聴」をテーマにしたグループワークが行われた。受講生がチームを組み、意図的に無反応な人や無礼な態度を演じあって、どう感じるかを話し合った。

 受講生からは「無反応はキツいですね」という感想が聞かれた。もし同じチームで仕事をしていて、相手に話しかけても無反応だったら、何も悪いことをしていないはずなのに無礼な態度を取られたら、良い結果にはつながらないだろう。客観的に見ていると冷静に判断できるが、忙しい状況下でも同じ判断ができるだろうか──。受講生たちは体感した感想を話し合い、コミュニケーションの大切さを再確認していた。

JAL本社で開かれた講座で相手を無視したり無反応な状況で会話を試みる医療従事者たち=22年3月 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

JAL本社で開かれた講座でディスカッションする医療従事者たち=22年3月 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

 表情やボディーランゲージなど、ノンバーバル(非言語)コミュニケーションが果たす役割を受講生に体感してもらうのが、講座のの狙いの一つだ。講師を務めたボーイング767型機の石川宗機長は、「『目は口ほどにものを言う』と言いますが、想像よりもはるかに多くの情報をやり取りしているんです」と受講生に語りかけていた。

 石川さんは、適切なタイミングで反応すると相手は安心して話すことができ、信頼関係を構築できることや、ノンバーバルコミュニケーションが言葉以上に伝えたいことを相手に強く印象づけられることを指摘した。また、「話し下手は自覚できますが、聞き下手は自覚できないので、傾聴するトレーニングが必要です」と、“聞く力”の重要性に触れていた。

自らの体験を話し、考えて行動

 パイロットの訓練ノウハウの事業化につなげたのは、今年5月に設立された運航訓練部価値創造室で室長を務めた荻政二機長。現在はこれまで乗務してきたボーイング777型機から787への機種移行訓練を受けているが、2月に始まった講座の開講には、運航訓練審査企画部定期訓練室の室長としてたずさわってきた。荻さんは、JALのパイロットが自ら開発し、2012年から運用が始まったシステム「JAL CB-CT」の肝となるデータベースの2代目開発者でもあり、訓練内容や審査の仕方だけでなく、評価者を育成するためにコーチングなども研究してきたことで、パイロット以外の職種でもJALが構築したノウハウを生かせるのではと感じていた。

パイロットによる講座「安全のためのパイロットのレジリエンス」を企画した荻機長=22年3月 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

 「特に医療では参考になるのではと感じました。企業でも予測不能なことは起こりますし、きっとニーズがあり、社会から求めていただけると思います」(荻さん)と、事業化の経緯を話す。実際、荻さんは医療関係者向けにチームビルディングの講演をしたり、JAL CB-CTで使用している米クラリスのデータベースプラットフォーム「FileMaker(ファイルメーカー)」のカンファレンスなどでも講演し、コンピテンシーやレジリエンスの重要性を説いてきた。

 これまでに感じたこととして、「自己紹介をしっかりやるのは大事です。『こんな経験があります』と、ある程度積極的に話してもらうことは重要だと感じています」と、受講生が自らの体験を話すことで、自ら考えて行動していくことの大切さを実感してもらう。

 講座を開くにあたり、重視しているのが開催場所や人数だ。「朝10時から夜6時近くまでやるので、かなりの量の講義を聞いていただき、処理していただかなければなりません。受講する人の負担を考えると、安心してリラックスして受けられる環境が大事です」と、開催場所は受講生側と話し合いの上で決めているという。

 「人数は最大12人、ミニマム6人で考えています。少なすぎると受講生から出る意見も少なく、発言も減っていしまいます。ほかの方の話を聞くことも非常に重要ですからね」と、議論が活発になる適正規模を維持することも重要だ。

 荻さんをはじめ、JALでパイロット訓練の再構築にたずさわった人たちは、これまでも社外で講演することはあった。これからはより自分たちが訓練で実践していることを、同じ悩みを持つ異業種の人たちに知ってもらい、「いかにいきいき仕事をしてもらえるか」(荻さん)にかかわっていきたいという。

(つづく)

関連リンク
JALビジネスキャリアサポート
日本航空

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JALのパイロット訓練
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「訓練再開早いのでは、と意見あった」特集・JAL進俊則氏に聞く破綻後のパイロット自社養成

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(4)グアムで737実機訓練
(5)「訓練生がやりづらい状況ではやらせたくない」

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