新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響長期化で、航空会社は国際線を中心に大量減便や運休を強いられているが、IATA(国際航空運送協会)の予測では各国の国内線から回復し、2024年には航空需要がコロナ前の水準に戻るとしている。ビデオ会議の普及などで、海外出張の頻度は当面鈍化するとみられるが、国内線は離島の生活路線など減便は可能でも全面運休は難しい路線も存在する。
IATAが9月に発表した世界旅客輸送実績7月分によると、日本と中国、インド、ロシア、米国、ブラジル、豪州の7カ国を対象とする国内線の調査で、ロードファクター(座席利用率)は米国が88.7%でもっとも高く、ロシアが88.2%、ブラジルが83.1%、中国が77.9%、インドが66.5%、豪州が52.4%で、51.8%の日本は7カ国中最下位だった。日本市場が依然厳しい状況に置かれているのは残念だが、一方でロードファクターが80%を越える国が3カ国あり、米国とロシアは9割近い数字を示しており、回復の兆しも見えつつある。
航空需要の回復は、生活路線や観光需要が見込める路線からの回復になるとみられているが、機体メーカーはコロナ後をどのように捉えているのか。前回は2020年2月に来日した仏ATRのステファノ・ボルテリCEO(最高経営責任者)に、ATR機の現状や日本市場の見通し、親会社であるエアバスが検討している水素燃料電池を用いたプロペラ機などについて、オンラインで聞いた。
—記事の概要—
・800m滑走路も離着陸可能
・機体ラインナップと価格
・求められる環境性能
800m滑走路も離着陸可能
ATRが現在注力しているのが、ATR42-600Sと呼ばれる、800-1000メートルの短い滑走路でも離着陸できるSTOL(短距離離着陸)タイプのターボプロップ機だ。母体となるATR42-600の標準座席数は1クラス48席で、800メートル級の滑走路を離着陸する場合は乗客数を約半分の22人に抑えなければならない。ATR42-600Sであれば、定員48人を乗せて運航でき、運航コストを抑えることにつなげられる。
ボルテリCEOは、ATR42-600Sの初飛行は2023年、納入開始は2025年初頭になるとの見通しを示し、コロナ影響で従来は2022年に初納入を目指すとしていたスケジュールは見直したものの、開発は順調に進んでいると説明した。
日本市場では、新潟空港を拠点に就航を目指す低コストの地域航空会社の「TOKI AIR(トキエア)」や空港建設の議論が進む小笠原諸島、滑走路長が800メートルの調布飛行場など、ATR42-600Sであれば50席クラスの機体が乗り入れが可能になるとみられている。
コロナ影響により、旅客機の発注を取り消したり、納入時期を見直す航空会社もあるが、「市場規模の見通しと4社から獲得している発注コミットメントは、今のところ変わっていない」(ボルテリCEO)と、ATR42-600Sは影響を受けていないという。現状では世界全体で150機程度の需要が見込め、エア・タヒチ(VTA/VT)などから20機の発注コミットメントを獲得している。
ボルテリCEOは、「日本は重要な市場。継続的にサービスを提供していく。ATR42-600Sは、滑走路が短い環境で有効活用してもらえる」と語った。日本でのターボプロップ機の置き換え需要は、官公庁の機体も合わせると40機程度あると見込んでおり、ATR42-600やATR72-600などで、デハビランドDHC-8-400(旧ボンバルディアQ400)の機材更新需要などを取り込みたいという。
また、ATRは70席クラスの旅客機ATR72-600をベースにした貨物機ATR72-600Fを、航空貨物会社フェデックス・エクスプレス(FDX/FX)へ2020年12月に初納入。最大離陸重量は2万3000キロ、最大ペイロードは9000キロで、ATRによると地方都市間や離島間など地域航空向けの新造貨物機は世界初だという。
日本でも、eコマース市場の成長や労働人口減少によるトラック運転手不足、離島の貨物需要などを考えると、ターボプロップ貨物機は潜在需要があるとの見方だ。
日本市場では現在、ATR機を初導入した天草エアライン(AHX/MZ)がATR42-600を1機、日本航空(JAL/JL、9201)グループで鹿児島空港を拠点とする日本エアコミューター(JAC/JC)が8機のATR42-600と2機のATR72-600の計10機、JALグループで札幌の丘珠空港を拠点とする北海道エアシステム(HAC、NTH/JL)が2機のATR42-600を運航中。HACの3号機(ATR42-600、登録記号JA13HC)が今月引き渡され、11月に就航する見通しで、3社が14機運航することになる。今年はJACの10号機(ATR42-600、JA10JC)が4月に引き渡されており、HACの3号機と合わせると2機を納入することになる。
機体ラインナップと価格
一方で、新しい航空会社の立ち上げは一朝一夕にできるものではなく、日本でも志半ばで頓挫した航空会社はいくつもある。
ボルテリCEOは「ATRは伝統的にスタートアップをサポートしてきた。乗員の訓練や整備士のシラバス作り、路線計画、ファイナンスなど、新しい航空会社が立ち上がる際にさまざまなソリューションを提供できる。実際、グローバルでそういうことをやってきた」と述べた。
ターボプロップ機市場では、Q400(DHC-8-Q400)などボンバルディアのQシリーズは、同じくカナダのロングビュー・アビエーション・キャピタル傘下のデ・ハビランド・カナダ(DHC)がDHC-8のプログラムを取得。2019年にDash-8として再スタートさせたが、工場閉鎖など先行きは不透明だ。ATR一強となる中、リージョナルジェット機で圧倒的な存在感を示すブラジルのエンブラエルが、次世代ターボプロップ機構想を明らかにしている。
「われわれは過去15年間リーダーのポジションにあり、非常にモダンなパフォーマンスを提供してきた。機体もATR42-600、ATR72-600、ATR42-600S、ATR72-600Fと、ファミリーで提供している。そして、手に入れやすい価格でなければならず、リージョナル航空会社が運航できるものでなければならない」とボルテリCEOは語り、50席クラスと70席クラス、STOL機、貨物機とさまざまなタイプのターボプロップ機を選択でき、機体価格でも優位性があるとした。
「サポート用マニュアルはすべてデジタル化したので、航空会社は効率的に運用できる。こうした分野の投資を忘れていない」(ボルテリCEO)と、機体だけでなくサポートにも投資している点を強調した。
求められる環境性能
ATRはエアバスと伊アレニア・アエルマッキの共同事業体として、1981年に設立されたリージョナル機メーカーだ。親会社のエアバスは2020年12月に、6つの取り外し可能な水素燃料電池によるプロペラ推進システムを使った航空機構想を発表した。「ポッド」と呼ぶ水素燃料電池の推進システムは、1基あたり8枚のプロペラブレードで構成。主翼の下に左右3基ずつ計6基の6発機としている。
実用化は当面先の技術だが、ATRとしてどのように捉えているのだろうか。ボルテリCEOは「正直に言って、今のところはまだわからない。探っている道筋も一つではなく、ATRとしてもいろいろ考えている。こうしたプロジェクトは中長期的なものなので、ソリューションを早く届けることだ」と述べ、当面は従来バイオ燃料と呼ばれていたSAF(Sustainable Aviation Fuel:持続可能な航空燃料)によるCO2(二酸化炭素)排出量削減など、ゼロエミッションに向けた取り組みを進めていくという。
航空機の電動化や燃料電池の採用検討は、機体開発や製造の面でも大きな節目となり、日本でも経済産業省が日本企業の参入加速の好機とみて、支援を強化している。今回を逃すと航空分野の劇的な技術革新は当面先になるとみられ、経産省も今回が日本企業が航空分野で飛躍するラストチャンスという腹づもりだ。
ボルテリCEOに日本企業に望むことを聞いた。「ATRのDNAの一部として、パートナーと組む上で重視するのは、クオリティー(品質)、トラスト(信頼)、イノベーション(技術革新)、サステナビリティー(持続可能性)だ。そうした資質を持つ企業と一緒に未来を築きたい」と、具体的な技術分野などには言及しなかった。
一方、これまでに経産省が機体メーカーなどと共催した参入支援イベントでは、次世代電動航空機には高出力で軽量なモーターやバッテリーが不可欠であることから、これらの分野や燃料電池、付加価値の高い技術を持つ企業は、新規参入につながる可能性がある。
ターボプロップ機というと、ジェット機と比べてのんびりした雰囲気が漂うが、従来は運航が難しかった滑走路長の短い空港へ50席クラスの機体が乗り入れたり、新造貨物機のマーケットが広がると、その後訪れる航空機の電動化などでさらなる市場成長が期待できそうだ。
関連リンク
ATR 日本語版ウェブサイト
ATR42-600S
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