2013年10月7日。日本航空(JAL/JL、9201)はエアバスA350 XWBを最大56機導入すると発表した。標準型のA350-900が18機、長胴型のA350-1000が13機の計31機が確定発注で、このほかにオプション(仮発注)で25機購入する契約を締結した。大型機といえば米ボーイングの機体と相場が決まっていた日本の航空業界にとって、欧州のエアバスが開発した最新鋭機A350をJALが大量発注したことは衝撃だった。
2年前の2019年9月1日に、JALはA350を就航させた。1路線目は羽田-福岡線で、初便の羽田発福岡行きJL317便(A350-900、登録記号JA01XJ)は、満席となる369人の乗客を乗せて午後0時26分に出発した。就航当時は2機だったA350は、先月17日に10号機(JA10XJ)が引き渡され、24日から路線投入している。年度内に15号機まで受領し、2022年3月末の時点で14機が運航中となる見込みだ。
A350の座席数は3クラス369席で、ファーストクラスが12席、クラスJが94席、普通席が263席。機体メーカーは近年、旺盛な航空需要に対応するため、機体製造の効率化を進めた。客室のシートやラバトリー(化粧室)、ギャレー(厨房設備)といった内装品も、カタログから極力選ぶようになっており、航空会社にとっては他社との差別化が難しい時代を迎えている。
そうした中、JALはA350-900の全クラスのシートを自ら仕様を選定する形をとった。初便に乗務した客室乗務員は、「ラバトリーも、ドアをロックしたサインがJAL仕様なんですよ」と教えてくれた。他社のA350では、ラバトリーのドアがロックされていないと鍵の部分に緑色が表示され、ロック時は赤色に変わる。JALのA350は、色の違いに加えて鍵のイラストが描かれ、形を見てもわかるようになっている。色覚障害(色弱)の人でも、トイレが使用中なのかがわかるようにするためだ。
客室仕様の共通化が進む中、JALのA350はどのようなカスタマイズを施しているのか。JALグループの整備会社JALエンジニアリング(JALEC)で、A350の仕様策定に携わってきた技術部技術企画室客室仕様・技術グループの志水和樹さんと鈴木盛生さんに、こだわりのポイントを聞いた。(肩書きは取材当時。新型コロナウイルス感染症の感染拡大前に取材)
—記事の概要—
・ピクトグラムだけに頼らない
・ギャレーや足回りも改良
ピクトグラムだけに頼らない
JALがエアバス機を導入するのは、統合前の日本エアシステム(JAS)が発注し、すでに退役済みのA300-600Rを除くとA350が初めて。エンジンはロールス・ロイス製トレントXWBを搭載し、JALが同社製ジェットエンジンを導入するのも初となった。ボーイング777型機の後継となるJALのA350は、A350-900が国内線の777-200/-200ERを置き換え、2023年度に就航予定のA350-1000が長距離国際線用777-300ERの後を継いでフラッグシップの座に就く。
A350を導入するにあたり、JALはさまざまなカスタマイズを施した。ラバトリーのドアに鍵のマークを付けたのは、色覚障害の人にもわかりやすくするだけではなく、機内が暗くてもわかりやすくするためだった。「客室乗務員によると、トイレが空いているのに外で待っているお客様がいらっしゃるとのことでした。色の変化に加えて鍵のマークを加えることになりました」と、鈴木さんは従来の機内で起きていた状況を説明する。
近年はピクトグラム(絵文字)を多用することで、言語に依存しない案内が増えており、A350もピクトグラムを客室内に使っている。「化粧室内はパーソナルな空間で、客室乗務員がご案内できない場所です。オリジナルの仕様で英語だけの表示や、ピクトグラムだけではわかりにくいものは多言語化しました」(鈴木さん)と、飛行機に乗り慣れていない人でもわかるようにした。
客室内の案内表示以外に、シートなども日本人が使いやすいものを目指した。客室は「日本の伝統美」を表現したデザインを採用し、手荷物収納棚(オーバーヘッドビン)は大型のものを備える。ファーストクラスはパーティションによる個室感のある空間になった。内装は英タンジェリン(tangerine)社が監修し、ファーストのシートは日本の航空機内装品大手のジャムコ(7408)と共同開発した。
鈴木さんは「タンジェリンが機内全体をトータルでサポートしてくれ、壁紙の試作も進んでやってくれました」と、JALに提案する形で進めてくれたという。志水さんは「シート開発でも解決策を示してくれたり、リラックスして座れる角度を提案してくれました」と、タンジェリンが長年培ってきたノウハウや、ジャムコが研究してきた人間工学の視点などを交えて開発していった。
客室全体とシートのデザインの統一感も重視した点で、タンジェリンの知見が生かされた。「座面は高さを少し低くしました」(志水さん)と、既存機で乗客から寄せられた声を基に見直した。
手荷物収納棚も従来よりも大型化したため、閉じる際に軽く閉められるよう補助システムを導入している。
JALはエアバスと2013年10月にA350の購入契約を結び、機体に関する技術的なやり取りは2014年3月からスタート。客室の開発が本格化したのは2016年だった。そして、2019年6月13日にエアバスの最終組立工場がある仏トゥールーズで初号機が引き渡された。社長時代にA350を選定した植木義晴会長は、2年前の初便就航式典で「最上級の機内空間をお届けするため、6年間の年月をかけて準備してきた」と、羽田空港の搭乗口前に集まった乗客に語りかけた。
ギャレーや足回りも改良
客室には乗客が利用する部分だけではなく、客室乗務員が使うエリアもある。もっとも代表的なものは機内サービスの拠点となるギャレーだ。
しかし、日本人の体格に合わせた改良をするにも、ドリンクや機内販売品などを積むカートの高さは規格で決まっており、ギャレーの寸法そのものを見直すことは難しい。客室乗務員の部署からの要望を受け、アシストハンドル(取っ手)を各所に付けることで、安全性や使いやすさを向上させた。
国内線の機内サービスを提供する上で、カートの使い勝手も重要だ。しかし、A350のような大型機を国内線で飛ばすのは日本ぐらいで、日本の航空会社がエアバスに大型機を大量発注するのは初めてのこと。エアバスも、最初から日本独特の事情を深く理解しているわけではなかった。
「フルサイズのカートしか入らないギャレーもあったのですが、ハーフサイズが入るようにしてもらいました。最初はなかなか日本の事情を理解してもらえず、ミーティングを重ねていきました」と鈴木さんは話す。
機体の構造も同様で、A350は国際線での運航を念頭に開発された。しかし、日本の国内線では離着陸を多頻度で行うため、これに耐えられるようにエアバスが設計基準を見直した。
国内線にA350を投入するということは、短時間に折り返し運航を行わなければならない。飛行機が着陸してブレーキをかけると、ブレーキのディスクやパッドが高熱を持つ。出発時にはブレーキの温度が下がっている必要があり、JALのA350の主脚にはブレーキを冷却するクーリングファンが付けられた。客室以外で日本の運航環境に合わせた改良の代表例といえる。
◆ ◆ ◆
言語に頼らないピクトグラムは、一目で見てわかりやすい点がメリットだ。しかし、たまにしか飛行機に乗らない人には、言葉による説明が必要な場合もある。一方、ラバトリーのドアロックのように、色で状況を知らせるのはわかりやすいが、必ずしも最適解ではない。色とイラストを組み合わせた方が、より誰もがわかりやすい案内になる。
「日本の伝統美」をコンセプトにしたJALのA350の客室は、誰もが使いやすい空間を体現している。
10号機
・JAL、10機目のA350就航 初便の那覇行きファーストクラス満席
国内線用A350とCA現行制服
・国内線の新主力機 写真特集・JAL 11代目CA新制服とA350-900
写真特集・JAL A350-900
(1)ファーストクラスはゆとりある個室風
(2)クラスJは新レッグレストで座り心地向上
(3)普通席も全席モニター完備
(4)大型モニター並ぶコックピットや落ち着いたラバトリー
初便就航
・JAL、A350就航 植木会長「静かな機内、こだわりのシート」(19年9月1日)
特集・JAL A350初号機受領
離陸編 翼を振りトゥールーズをフライパス(19年6月15日)
デリバリー編 鶴イメージしたバレエでお披露目(19年6月15日)
13年に契約
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