エアライン, 機体, 解説・コラム — 2021年6月4日 22:30 JST

アフターバーナーなしでマッハ1.7 解説・Boomの超音速機オーバーチュアが創るコロナ後の世界

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 マッハ1.7で飛ぶ超音速旅客機が、2029年にも就航する。ユナイテッド航空(UAL/UA)はシカゴ時間6月3日午前6時(日本時間同日午後8時)、米Boom Technology(ブーム・テクノロジー、本社デンバー)が開発中の超音速旅客機「Overture(オーバーチュア)」を15機発注したと発表した。35機のオプション(仮発注)も含めれば50機という大量発注で、オーバーチュアは初めて航空会社の発注を獲得した。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響で航空需要が壊滅的に落ち込んだ中、久々に明るい話題となった。

Overtureのイメージイラスト。ユナイテッド航空が初めて発注し実現に向けて弾みが付いた(Boom提供)

 弊紙でも発表後すぐに記事を掲載・配信したが、超音速旅客機と聞いて1976年から2003年まで運航された英仏共同開発の「コンコルド」を思い浮かべた人が多かったようだ。コンコルドは騒音問題や燃費の悪さ、座席数の少なさによる収益性の低さといった課題が多く、生産機数も試作機を含めて20機にとどまった。それ故、オーバーチュアの将来性に疑問を感じている人も多いだろう。

 「今の2倍の速さで飛べるようになれば、世界は2倍小さくなり、遠くに住む人を隣人に変える」。コロナ前の2019年、私はデンバーのBoom本社を訪れた。創業者兼CEO(最高経営責任者)のブレイク・ショール氏に日系報道機関では初めて単独インタビューすると、超音速機を開発する狙いをこう語った。2014年9月にBoomを設立したショール氏は、アマゾンなどで要職を務め、パイロットのライセンスも持っている。「フライトは1950年代と同じくらいの時間がかかっている」と、人類がさまざまな分野で進歩を遂げている割に、空の移動時間は劇的に変わっていないことが、超音速機実現のために会社を立ち上げた背景にあったという。

デンバーのBoom本社でXB-1の検証用模型と写真に収まるショールCEO=19年5月 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

 人々に強烈な印象を残しながらも、商業的には成功に至らなかったコンコルド。英語で序章やクラシック音楽の序曲を意味するオーバーチュアは、何が違うのだろうか。そして、航空会社には何をもたらすのだろうか。

—記事の概要—
アフターバーナーなしでマッハ1.7
JALも出資

アフターバーナーなしでマッハ1.7

 オーバーチュアの全長は205フィート(約62メートル)で、コンコルドとほば同じ。座席数はビジネスクラスタイプのものが65席から88席を想定しており、通路の両端に1席ずつ1列2席配置になる見込み。パイロットは2人、客室乗務員は最大4人を想定しており、スピードは現在の旅客機と比べて約2倍のマッハ1.7、航続距離は4250海里(7871キロ)を計画している。

ユナイテッド航空のOvertureのイメージイラスト(Boom提供)

 ユナイテッド航空の場合、まずは大西洋路線から投入するとみられる。ニューヨーク近郊のニューアーク-ロンドン間を3時間半、フランクフルト間を4時間で結ぶとしており、発表資料ではモデル路線の最後にサンフランシスコ-東京間が6時間になるとしていた。Boomのウェブサイトでは、東京-シアトル間を4時間30分で飛べるという例が挙げられている。

 しかし、Boomは最初からオーバーチュアを生産するのではない。まず、2人乗りの技術実証機「XB-1」で既存エンジンを使った超音速飛行の技術を検証し、オーバーチュアの開発につなげる。

 XB-1は、2020年10月7日にロールアウト(完成披露)している。主翼の形状はデルタ翼を採用し、エンジンはGE製J85-15が3基。アフターバーナーを使ってマッハ2.2の実現を目指す。カリフォルニア州モハーヴェ(モハベ)で飛行試験を実施し、同時に風洞実験も進める。

 オーバーチュアもエンジンは3基だが、アフターバーナーを使わずにマッハ1.7を実現する計画で、騒音軽減につなげる。しかし、超音速で飛行できるルートは大西洋や太平洋など洋上に限られるようだ。

 Boomによると、アフターバーナーなしでも中バイパス比のターボファンエンジンで、マッハ2.2を実現できるという。エンジンを3基にしたのは、信頼性と離陸時の騒音低減が狙いだ。

ロールアウトしたBoomの超音速実証機XB-1(同社の資料から)

デンバーのBoom本社に展示されたGE製J85エンジン=19年5月 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

デンバーのBoom本社に展示された超音速時(左)と通常時の吸気口構造モデル=19年5月 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

JALも出資

 Boomには、日本航空(JAL/JL、9201)やヴァージン・グループが出資しており、JALは20機、ヴァージンは10機の優先発注権を獲得している。2017年12月に1000万ドルの出資を発表したJALは、客室の仕様策定や安全面などでも協力していく。

Overtureの客室イメージイラスト(Boom提供)

 オーバーチュアの客室用シートは、JALの国際線ファーストクラスと同じメーカーが開発を進めており、こうしたサプライヤーとの連携も、航空会社が参画しているほうがスムーズだ。客室デザインは、シンガポール航空(SIA/SQ)が運航するエアバスA380型機の新ビジネスクラスなどを手掛けた英国のJPAデザインとパートナー契約を結んでいる。

 成功のカギを握るエンジン開発には、ロールス・ロイスも参加を表明。Boomと両社で超音速機のエンジンに関する検討を進める。そして、米空軍もパートナーに名を連ねている。約5時間かかる米国内の横断も、2時間半で済むようになれば、西海岸と東海岸の距離的な課題解決にもつながり、航空会社だけでなく空軍の要人輸送などにも用途が広がりそうだ。

Overtureの客室イメージイラスト(Boom提供)

 2019年に開かれたパリ航空ショーでは、米国のエネルギースタートアップ企業プロメテウス・フューエルズとの提携も発表。オーバーチュアはSAF(Sustainable Aviation Fuel:持続可能な航空燃料)を100%使用し、就航時からネットゼロ(実質ゼロ)・カーボンを達成する計画で、ユナイテッド航空もSAFを使って運航する。

 カーボンニュートラルや騒音軽減といった課題と向き合うオーバーチュア。では、利用者にとって最大の関心事である運賃はどうなのだろうか。パリ航空ショーで開かれた説明会では、既存のビジネスクラスにプラスアルファ程度の運賃が実現できる運航コストを目指すとしていた。

デンバーのBoom本社に展示されたJALのモデルプレーン=19年5月 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

 SAFは通常のジェット燃料よりも現時点では高価だ。オーバーチュアは2025年にロールアウト(完成披露)、2026年に初飛行を予定しており、就航は2029年となる見込み。機体の開発だけでなく、あと8年でSAFの価格が通常燃料並みに下がることも、コンコルド以来半世紀ぶりとなる超音速旅客機が成功するためには不可欠な条件と言えるだろう。

 新型コロナの影響で、世界の航空旅客需要は大幅に減少し、国際線の乗客は“蒸発”した。ビデオ会議がこれまで以上に普及し、海外出張は従来の規模まで戻らないとも言われている。

 JALがBoomに出資したのはコロナ前だが、出資理由のひとつとして、時間価値の提供を挙げている。FSC(フルサービス航空会社)が同業他社との競争や、運賃の安さでコロナ後の需要回復で優位性を持つLCC(低コスト航空会社)と差別化する上で、時間価値の提供はコロナ前よりも重要視される可能性が出てきた。

 航空会社の確定発注を初めて獲得したBoomのオーバーチュア。しかし、良くも悪くも超音速機のプロジェクトには、コンコルドの影がつきまとう。年内に予定されている実証機XB-1による超音速飛行が成功すれば、オーバーチュアはより現実的なプロジェクトとして認知されるようになるだろう。

関連リンク
Boom Technology
ユナイテッド航空
日本航空

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