新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響を受け、世界の航空会社が大量運休を迫られている。国際線60路線を運航する日本航空(JAL/JL、9201)も、4月から全路線に対象が広がり、5月から6月にかけては96%が運休や減便対象になった。国内線も3月は2割程度の減便だったものが、5月18日からは7割を超える規模になった。
こうした中、JALは約7000人にのぼる客室乗務員の一時帰休は実施せず、乗務のない日は教育を実施し、新型コロナウイルス収束後に向けた準備期間に充てている。2010年1月に経営破綻した際は、パイロットの訓練が資格維持などを除き中断となった反面、長年課題となっていた訓練体系を、現状に合わせたものに全面刷新した。赤坂祐二社長は雇用を維持した上で、収束後に向けた「抜かりない準備」ができるのが今だと考えている。
「今までは忙しすぎた。社員には少し休んでもらいたいのと、立ち止まってみんなで考えてみようよ、という状況だ」と、植木義晴会長は話す。今夏に開催予定だった東京オリンピック・パラリンピック、政府が掲げる年間訪日客数4000万人と、航空需要が日に日に増加する中、9年前の2011年3月に起きた東日本大震災以降、初めての長期間にわたる大幅な需要減を迎えた。
客室乗務員が所属する客室本部では、これから求められるサービスが何かを改めて考え、必要なスキルを磨いていく「テレワーク教育」を4月から始めた。全員が所持するiPad mini 5を使って自習教材に取り組んだり、JALが全社的に使用しているビデオ会議システム「Zoom(ズーム)」も取り入れた。客室本部 客室業務部の髙橋且泰(かつひろ)マネジャーに、客室乗務員がどのような自習に取り組んでいるかを聞いた。
—記事の概要—
・iPadでテレワーク教育
・Zoomで制約なく他部門と交流
iPadでテレワーク教育
大幅な運休により、客室乗務員の乗務は激減した。普段であれば4日勤務して2日休むパターンを軸にシフトが組まれるが、テレワーク教育がスタートした4月は勤務が月間4日程度。髙橋さんらがカリキュラムを組んで、客室乗務員が在宅学習できる仕組みを作った。
テレワーク教育の対象者は約7000人いる客室乗務員のうち約5000人で、1日あたり約2000人が受講している。午前10時から受講を開始して午後4時に終了するが、勤務終了時にはアンケートに答えてもらい、カリキュラムの見直しに役立てている。また、正午から午後1時までを休憩時間とし、自習形式のカリキュラムは受講する順番の入れ替えを認めている。
「お客様が戻ってきた時に最高のサービスを提供できるよう、この機会を活用して知識をブラッシュアップしようというのが狙いです」と、髙橋さんは説明する。カリキュラムは入社年次などで内容を変えるのではなく、全員同じものにした。英語や安全、サービス、全社員が持つべき価値観や考え方を示した「JALフィロソフィ」などについて、知識をブラッシュアップできるようにカリキュラムが組まれ、客室乗務員は自宅でiPadを使って学べるようになっている。
1コマあたりの時間は短いもので15分、長いもので2時間。英語のブラッシュアップは1回1時間30分、フィロソフィ教育は2時間を割いている。「普段は色々なことを学んでいかなければならず、振り返りの時間がなかなか取れませんでした。フィロソフィ教育も、ここまで大掛かりなものはなかったです」と、客室乗務員たちが知識を整理する時間を設けることができた。
客室乗務員は普段、新路線や新機材、新サービスなどの知識を、乗務後の時間や1年に数回あるグループミーティングで深めている。英語についても、「海外のお客様が増えていることと、海外基地の社員も増えています」と、必要性が今まで以上に増していることから、時間が十分ある今の時期に高めていく。
Zoomで制約なく他部門と交流
マニュアルの閲覧などに使うiPadを客室乗務員全員に支給しているため、テレワーク教育の教材もiPadがあれば完結するようにした。動画やPowerPoint(パワーポイント)で作られた資料を見られるようにまとめている。
5月からは、Zoomをテレワーク教育に取り入れた。「100人単位で勉強することもでき、会議室では入りきらない人数で開催することもできます」と、実際に会議室に集まるのとは違った形のカリキュラムも考えられるという。
一方で、「いかにスムーズに接続できるかの懸念はありますが、やっていけば順応できるのではと考えています」と、客室本部としては初めてZoomを大規模導入することから、客室乗務員たちが慣れるまでは使い方のフォローが必要になるケースを想定している。
Zoomを活用することで、空港や整備、IOC(オペレーションセンター)、貨物と他部門の業務を学ぶ機会を設けた。「航空会社は職種が分かれているので、日ごろコミュニケーションする機会がなかなかありません」と、他部門の仕事を知ることで、日ごろの仕事に生かしてもらう。「整備からは、ぜひこの機会に知って欲しいことがいろいろあると言われています」と、積極的な提案もあるという。
同時に、客室乗務員自身がカリキュラムを作る取り組みも始めた。企画書を書いてもらい、ワインの知識が豊富な人が講師役を務めるといった内容を想定している。
テレワーク教育を始めてみて、「場所の制約がない分、多くの人が参加できるメリットに慣れてきました」と、対面型とは違った良さがあると髙橋さんは話す。
新型コロナウイルス収束後、航空会社はこれまで以上に厳しい競争にさらされる。ピンチをチャンスに変える取り組みが今日も進められている。
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