2月11日からシンガポール航空ショーが始まる。2年に一度、偶数年に開かれ、世界最大規模で奇数年夏に開かれるパリ、偶数年夏にロンドン近郊で開かれるファンボローに次ぐ世界3大航空ショーで、ボーイングやエアバス、エンブラエルといった航空機メーカーと並び、国産初のジェット旅客機「三菱スペースジェット(旧MRJ)」を開発する三菱重工業(7011)傘下の三菱航空機も出展する。
前回2018年のショーでは、三菱航空機は実機も客室モックアップも展示せず、ブースでPRビデオを流して商談スペースにパネルを飾っただけという、さみしいものだった。模型すら来場者の目に触れる場所に置いておらず、実機やモックアップを持ち込んだリージョナルジェット機の世界王者エンブラエルに、白旗を上げたと受け取られるような有様だった。今回はモックアップや模型を展示し、積極的な姿勢を示すようだ。
一方で、6日には三菱重工の泉澤清次社長が、6度目となるスペースジェットの納入延期を正式に発表。総受注は287機あるが、このうち売上が現時点で見込める確定受注は163機で、残るオプションと購入権の124機を受注できるかは、スペースジェットの仕上がり次第だ。航空ショーは、機体メーカーが航空会社やリース会社といった顧客と受注発表をする場でもあるが、シンガポール航空ショーはパリやファンボローと違い、民間機の大量受注の発表があまりないショーのため、今回も三菱航空機が大型案件を発表する可能性は低いとみられる。
6度目の延期により、「2021年度以降」という目標が掲げられたスペースジェット。航空会社からは「“以降”だから、100年後でも納期遅れではないと言い張れる」といった軽口まで聞かれるスペースジェットにとって、本来納入開始となるはずだった2020年は、どのような1年になるのだろうか。
—記事の概要—
・もはや幻。ツチノコジェット
・32機すべて確定発注のJAL
・宮永会長ではなく泉澤社長直轄
もはや幻。ツチノコジェット
スペースジェットの納期は当初、2013年だった。2008年に開発がスタートし、5年で納入を始める計画が、すでに12年が過ぎて干支も一回りしてしまった。
ローンチカスタマーである全日本空輸(ANA/NH)などを傘下に持つANAホールディングス(ANAHD、9202)は、度重なる納入遅延により代替機を手配済み。ボンバルディア(現デ・ハビランド・カナダ)DHC-8-Q400型機(1クラス74席)を2017年度に3機導入するなど、数年前から計画通りに納入が始まらないことを織り込んで、経営計画を立てている。
三菱航空機は、MRJ(三菱リージョナルジェット)を2019年6月に、機内の広さといった空間をアピールする狙いで三菱スペースジェット(Mitsubishi SpaceJet)と改称した。しかし、一部の航空関係者の間では未確認生物のツチノコのようだと、「ツチノコジェット」と揶揄されることもあるほどだ。現在の納期は「2021年度」だが、後半になれば2022年1-3月期になることもあり得る。最初に示された納期から、10年近く遅れることも現実味を帯びてきた。
同じくANAがローンチカスタマーとなったボーイング787型機は、納入が7回延期されたものの、就航は3年遅れと、スペースジェットに比べれば大事(おおごと)ではなかったように見えてしまう。ANAの発注は確定15機とオプション10機の最大25機で、このままでは確定分のみで発注が途絶えるどころか、確定分すら機数を減らされる可能性はゼロではない。
そして、ANAグループでスペースジェットを運航予定のANAウイングス(AKX/EH)では、スペースジェットがパイロット確保で重要な役割を果たしてきた。延期に次ぐ延期で、他社へ転職する人も出ており、金銭による補償だけで済む問題ではなくなっている。
32機すべて確定発注のJAL
日系航空会社では、日本航空(JAL/JL、9201)も32機発注済みで、すべて確定発注だ。納期は2021年を予定しており、6度目の延期でJALも計画通りに受領できないおそれが出てきた。
JALの場合、2014年の発注当時は2001年就航のボンバルディアCRJ200(1クラス50席)と、2008年就航のエンブラエル170(E170、76席)を子会社のジェイエア(JAR/XM)が運航していた。これをE170とエンブラエル190(E190、2クラス95席)の2機種でいったんエンブラエル機に統一し、その上でスペースジェットを導入するようにした。通常、旅客機は20年程度運航するケースが多く、E170の退役が始まるのは2028年ごろとみられる。
ANAに比べると、JALはエンブラエル機の退役開始まで余裕があるように見える。しかし、6回も納入が遅れた以上、32機すべてが確定発注であることの妥当性を問われ、発注数を減らされる事態に陥った場合、三菱側はどのような出方をするのだろうか。
宮永会長ではなく泉澤社長直轄
MRJ時代のラインナップは、メーカー標準座席数が88席の標準型「MRJ90」と、76席の短胴型「MRJ70」の2機種構成だった。スペースジェットに名称を改めると、MRJ90を「SpaceJet M90」と改称。米国市場に最適化した機体サイズの70席クラス機「SpaceJet M100」を、M90を基に開発する計画だ。
しかし、まだM100はローンチしておらず、事業化の検討段階だ。三菱重工の小口正範副社長は、「M90で混乱した。着実に一歩一歩進める」と、判断が慎重になっていることに理解を求める。一方で、現在開発中のM90は、機体の安全性を国が証明する「型式証明(TC)」取得時に使う飛行試験機(通算10号機)の完成が遅れ、1月6日に完成。結果として、2023年に市場投入を目指すM100も計画が遅れる見通しだ。
泉澤社長は「TC試験機(10号機)の初フライトと、その後のモーゼスレイクへのフェリーフライト(回航)を見極めてどのくらいのスケジュール感になるか」と、春先に予定している10号機の初飛行と、米国の飛行試験拠点があるワシントン州モーゼスレイクへのフェリーフライトが、今後のプロジェクト全体の進捗を見極める上で、重要なイベントとの見方を示す。5度目の延期で示していた「2020年半ば」は、10号機によるTC取得試験の開始時期となれば御の字と言ったところだ。
そして、泉澤社長が6度目の延期を発表した2月6日は、1年前に社長就任会見を開いた日だった。その席上、宮永俊一会長(当時社長)は「前任者の責任。新体制に迷惑が掛からないようにしたい」と、スペースジェット(当時MRJ)については自らが当面直轄していく方針を示した。
泉澤社長は、「連続性があるプロジェクトなので、対外的にそういう表現を使ったのだと思うが、執行側としては私の職制のMRJ事業部と三菱航空機のラインでやってきた。委員会やいろいろな検討会は会長も交えてやっているが、事業推進は基本的に変わっていない」と、社長交代とともに泉澤社長直轄で進めていると説明した。
2019年のパリ航空ショーには宮永会長が出席していた。会長ではなく社長直轄であると明言した以上、状況によっては今夏のファンボロー航空ショーに泉澤社長も出席し、顧客との対話が必要になる可能性もある。
10号機が無事春先に初飛行し、7月開催のファンボロー航空ショー前に米国へ持ち込めれば、世界の航空関係者が集まる場でポジティブな情報を打ち出せそうだ。一方で、いつまでも明確な納期が打ち出せない場合、いったん契約を白紙にという話題も出かねない。今後スペースジェットが成功を収める上で、2020年半ばが分かれ目になりそうだ。
シンガポール航空ショー
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6度目の延期発表
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スペースジェット関連
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