台風21号が関西空港を直撃して、10月4日で1カ月が過ぎた。すでに旅客ターミナルは第1と第2ともに復旧し、旅客便だけを見れば、台風被害などなかったかのように空港内はにぎわっている。中国では1日に国慶節を迎えたこともあり、訪日需要も堅調だ。6日午前0時からは、マイカー規制も解除され、旅客関連の復旧は軌道に乗りつつある。
関空は9月4日の台風21号による被害発生後、3日後という早さで第2ターミナルの暫定再開にこぎつけた。2016年4月に民営化した関空を運営する関西エアポート(KAP)の経営陣による判断のスピード感かというと、そうではない。弊紙が9月8日に報じたように、KAP経営陣の危機対応能力を疑問視した官邸が、国主導の復旧に事実上切り替えた部分が大きい(関連記事)。
民営化された関空だが、持ち主は国のままだ。つまり、表向きは国の財産を守るという立て付けで、国が大きく関与する復旧計画がスタートした。航空会社の幹部からは、「復旧が見通せるようになった」と、復旧対策の変化を実感する声が聞かれた。
弊紙では民営化以降、情報開示の不足など、KAP経営陣に関する数々の問題点を取り上げてきた。航空会社や自治体からは、「都合の良い情報だけ発信し、都合が悪いことは表に出さない」とまで言われており、今回の台風被害は、公共性が高い空港という施設を預かる資質のなさを顕在化させたとも言える。
10月3日には、KAPが有識者による第三者委員会「台風21号越波等検証委員会」(委員長:平石哲也・京都大学防災研究所教授)の初会合を開いた。この委員会は台風により電源設備など重要施設が水害に遭ったことから、今後の対応策を検討する委員会だ。
しかし、航空会社側からは異例とも言える19時間の全面封鎖や、コンセッション契約時に記されていた大規模災害に対する投資が不十分だったことなど、KAP経営陣の判断そのものに対する検証を求める声が聞かれる。関空には今、どのような課題があるのだろうか。
—記事の概要—
・“8割回復”だが
・3割しか扱えない会社も
・「もう関空には戻ってこないのでは」
*後編はこちら。
“8割回復”だが
スピード復旧を果たした関空。この恩恵が、十分にもたらされていない分野がある。貨物だ。対岸と空港を結ぶ連絡橋がタンカー衝突でダメージを受けるなど、復旧作業を進めるにも障害がある中、国もまずは旺盛な訪日需要を冷やさないため、旅客関係の復旧を急いだ。
KAPの山谷佳之社長は、第1ターミナルが全面復旧した9月21日に、貨物を扱えるキャパシティーについて「月末には80%くらいに回復する」と語った。
このように聞くと、「8割まで回復したのならば、本格復旧したのと同然では」と感じる人もいるだろう。しかし、回復したのは貨物の処理能力であって、貨物の扱い量が戻ったのではない。
そして、9月30日には台風24号の影響で、関空は午前11時から翌10月1日午前6時までの19時間、滑走路とターミナルが19時間全面封鎖された。
一見、利用者の安全を考えた判断として評価できそうだが、航空会社からは疑問の声が多く聞かれた。台風が関西地方を過ぎても、滑走路が閉鎖されたままだったことから、羽田など台風の進路上にある空港の飛行機を関空へ疎開できなくなり、1日の羽田発着便に影響がおよんだという。
空港利用者の視点で見れば、旅客関連の施設が復旧すれば不便はない。しかし、空港を安定的に経営していくためには、貨物需要の回復も不可欠だ。そして、台風が来るとなると欠航リスクが高いのであれば、利用者だけではなく、航空会社も安心して就航できない。
3割しか扱えない会社も
「今月いっぱいでほとんど回復させる。そういう目標で取り組んでいる」。9月26日、日本航空(JAL/JL、9201)の赤坂祐二社長に関空の貨物施設の復旧状況を尋ねると、こう応じた。
JALは現在、自社で貨物専用機を運航していない。このため、旅客便の貨物室に積む「ベリー」が自社便での輸送手段だ。これを踏まえ、赤坂社長は「今の関空での取り扱いは、7割が外国航空会社のハンドリング。貨物専用便が完全には回復していないが、来月からは復便が計画されているので、それが入った時にハンドリングできるようにしていきたい」と、10月からの復便を念頭に準備を進める。
一方、JALよりも状況が厳しいのが全日本空輸(ANA/NH)。同じくANAホールディングス(ANAHD、9202)傘下の貨物事業会社ANAカーゴ(ANA Cargo)は、9月26日から関空発着の貨物便を一部再開した。施設や機器の一部が正常運用できるようになったためだが、「元通りの運用ができるめどが立っていない」(ANA広報)と、早期の完全復旧は厳しい状況だ。
ANAによると、ANAカーゴが使う貨物上屋は2棟。屋根がはがれ、システムや貨物の重さを量る計量器などが壊れた。施設内の電源は仮のものを使用して再開にこぎ着けたが、修理には3カ月は掛かり、屋根やシステムも仮復旧の状態で、計量器も修理中の状態だ。「通常の2、3割の貨物量しか対応できない」(同)と、旅客ターミナルの復旧状況とは対象的だ。
「もう関空には戻ってこないのでは」
9月21日、関空の第1ターミナルが全面再開した際、KAPはグループ会社のCKTSが使う貨物上屋「第1輸出ビル」を報道関係者に公開した。輸出貨物を航空機の貨物コンテナに積む作業を行う建物で、耕運機などのエンジン、化学品、果物などを扱う。台風被害はANAの施設などと比べると軽微で、電源が使えなくなることもなかったという。
台風被害で滞留した貨物も徐々に引き取りが進み、空いたスペースを使って貨物を受け入れられるようになってきた。しかし、貨物を扱うキャパシティーが8割に回復したところで、取扱量も戻るのだろうか。
大手航空会社の貨物担当経験者はこう説明する。「貨物はどこを経由しても、約束した日時に送り先へ届けばいい。目的地に届きさえすれば、関空経由だろうと、成田経由だろうと、ソウルの仁川経由だろうと関係ない」。つまり、貨物が関空を経由する必要性は、必ずしもないのだ。
関西圏の企業が、これまで関空で扱っていた貨物はどうだろうか。別の航空会社幹部は「陸送コストはかかるが、関空がダメになってから使い始めたルートで問題なければ、安全性を考えて、そのまま移行してしまう可能性がある」と指摘する。
関西の企業から聞かれるのが、1995年1月17日に起きた阪神・淡路大震災の影響で、神戸港の貨物取扱量が激減したことだ。震災前年である1994年の貨物取扱量を上回ったのは昨年2017年。つまり、震災前の水準を上回るのに20年以上を要したのだ。
「もう関空の貨物は戻ってこないかもしれない。戻ったとしても、現在復旧したキャパシティーと同程度、台風被害前の8割まで戻ればいいほうでは」(前出幹部)と話す。
Aviation Wireが取材したところ、台風前にはKAPから貨物事業者に対し、賃料の大幅値上げが提示されたという。空港関係者からは「関空が厳しい時に来てもらっておいて、今になって値上げとは」との声が聞かれる。
今後の回復状況によっては、KAP経営陣はテナントに対する強気の賃料戦略について、見直しをせざるを得ない可能性が出てきた。
不遇の関空に手を差しのべた貨物事業者に、恩をあだで返すことになるのだろうか。
(つづく)
関連リンク
関西国際空港
特集・台風で顕在化した関空経営陣の課題
後編 「“素人判断”もうやめて」
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当紙編集長が寄稿
・関空冠水で考える…空港民営化は万能薬なのか(日経ビジネスオンライン連載 18年9月20日)
・[雑誌]「関空の台風被害は人災」週刊エコノミスト 18年9月25日号(18年9月18日)