「訪日外国人を増やしていく中で、長距離LCCは避けて通れない」。日本航空(JAL/JL、9201)の赤坂祐二社長は、成田空港を拠点に中長距離LCCを運航する新会社設立について、こう説明した。就航時期は、東京オリンピック・パラリンピック開催直前となる、2020年3月29日に始まる夏ダイヤを念頭に置いている。
新LCCはJALの連結子会社とし、7月に準備会社を設立。代表者や資本金、商号は今後決定する。JALは出資者について、航空会社の枠にとらわれない発想を求め、広く求めていくとしている。ブランド名もJALと切り離し、利用者に違いを明確に打ち出していく。
整備出身の赤坂社長は、「技術的には、787は長距離性能に優れており、機内の快適性も高い。長距離LCCに787を使うのがポイントになると思う」と、ボーイング787-8型機の優位性に触れた。新LCCは、2機の787-8でスタートし、東南アジアや欧米の観光需要が見込める都市への就航を目指す。
しかし、目玉となる欧米への就航は、スタート時には難しそうだ。フライト時間が6時間から10時間未満の東南アジアの都市が、最初に開設する路線になる可能性が高い。なぜハワイや米国西海岸ではなく、競合が多い東南アジアが現実的なのか。そこには“技術的な”問題も一つの要素として関わってくる。
—記事の概要—
・300席クラスの787
・洋上飛行に不可欠なETOPS
・5期目で累損解消したピーチ
300席クラスの787
JALは豪カンタスグループと合弁で、ジェットスター・ジャパン(JJP/GK)に出資している。同社はエアバスA320型機(1クラス180席)を使い、最長で片道4時間から5時間程度の近距離路線を運航している。5月14日に開いた中長距離LCC参入発表の会見で、赤坂社長は「もっと距離の長いものに挑戦していく。基本的にはカニバらない(競合しない)」と述べ、住み分けを図る。
当初の事業費は、今年2月に発表した中期経営計画で設定した「特別成長投資枠」500億円のうち、100億円から200億円を投じる。
787-8のカタログ価格は、1機2億3900万ドル(約264億円)。実際の販売価格はこれを下回るが、航空会社として小さな投資ではない。
最初に導入する2機の787-8の調達手段について、経営企画本部長の西尾忠男常務は「まさに検討中」と述べるにとどめた。機材調達としては、新造機の発注、リース会社からの導入、JAL機の改修などが考えられる。
現時点では準備会社もスタートしていないことや、準備期間が2年を切っていること、JALの787が2012年に初就航して、今年で6年が経過していることなどを考慮すると、初期導入機を新LCC用に改修するのが、リスクが低い選択といえる。
航空会社の新造機発注は、一般的に受領の2年前までには、内装の仕様なども含めて決定している必要がある。関係者によると、現状のボーイングの787の生産状況から、2020年の受領は今からでも間に合う可能性が高いという。
しかし、シンガポール航空(SIA/SQ)傘下の中距離LCCであるスクート(TGW/TR)も、当初は親会社が捻出した777-200の経年機を活用してスタートし、後から燃費の良い787に置き換えるなど、段階を踏んで機材を導入している。
JALの787初期導入機も、2020年には運航開始から8年と、内装の見直しを検討する時期を迎える。このタイミングで新LCC仕様に改修し、事業展開の状況を見て、新造機発注などを検討することになるとみられる。
JALが運航する787-8は、現時点では国際線機材のみ。座席数は、初期に導入した2クラス186席(E01仕様:ビジネス42席、エコノミー144席)、E01のビジネスクラスを12席減らし、エコノミーを増やした2クラス206席(E03仕様:ビジネス30席、エコノミー176席)、長距離路線を主眼にフルフラットシートをビジネスクラスに導入した「スカイスイート787(SS8)」の3クラス161席(E11仕様:ビジネス38席、プレミアムエコノミー35席、エコノミー88席)と、3種類ある。
JALによると、新LCCで使用する787-8の座席数は、300席前後を想定しているという。スクートの787-8が、2クラス329席(スクートビズ18席、エコノミー311席、クルーレストあり)や、2クラス335席(スクートビズ21席、エコノミー314席、クルーレストなし)なので、これに近い座席数になりそうだ。
洋上飛行に不可欠なETOPS
では、路線展開はどうなのだろうか。JALの幹部は「787の燃費の良さを発揮できるのは、片道6時間以上のフライトだ」と話す。東京から東南アジアの距離であれば、バンコク以遠が該当する。
同じく片道6時間以上となると、日本人に人気が高いハワイや、10時間程度の米国西海岸も視野に入る。ここで問題となるのが、787のような双発機が洋上飛行する際、エンジンが1基停止しても一定時間飛行できる「ETOPS(イートップス)」の取得だ。
日本の航空会社がETOPSに基づく運航を行う際は、国土交通省航空局(JCAB)による許可が必要になる。国内LCCの幹部によると、JCABからETOPSの認可を取得するのが難しいという。米系航空会社が成田-グアム線などのリゾート路線から撤退する中、国内LCCがこれらの路線に参入できていない理由の一つとして、ETOPS取得の難しさを挙げる声も社内から聞かれる。
ETOPS取得の難しさについて、JCABは「設立間もない航空会社でも、取得が不可能なわけではない」と説明する。整備体制や機材の信頼性など、要件を満たせば難易度は高いものの、取得の道は残されているようだ。
また、当初は2機しかない787で、一定レベルの運航品質を維持するとなると、成田発着であれば東南アジアが現実的な距離になる。これが米国西海岸を毎日1往復する場合、理論的には2機でも飛ばせなくはないが、機材を整備で運航から外すことも考慮すると、「最低でも2.5機は必要」という声が、大手航空会社からは聞かれる。
JALが新LCCで欧米路線を飛ばすとなると、JCABからETOPSの認可をいつごろ取れるかと、機材がいつから2機以上使えるかが、開設時期に影響すると言える。そして、当初はデイリー(週7往復)運航をせず、週5往復程度にとどめることで、路線開設にこぎ着ける方法もある。
例えばスクートが昨年12月に開設した関西-ホノルル線の場合、現在は787-8で週4往復。就航1周年をめどに、デイリー化する計画だ。一方、6月1日に就航するタイのノックスクート・エアライン(NCT/XW)は、バンコク(ドンムアン)-成田線をデイリー運航でスタートさせる。
まずは東南アジア路線をデイリーで開設し、一定の運航実績を積んだ段階でよりフライト時間が長い路線に進出するというのが、現実的だろう。
5期目で累損解消したピーチ
JALの新LCCが成功する上で不可欠なのは、高い搭乗率だ。バンコク-成田線は、スクートもデイリーで運航しており、2017年度(17年4月-18年3月)の搭乗率は、「95.4%だった」と坪川成樹日本・韓国支社長は話す。ノックスクートの日本支社長も兼務する坪川氏は、同社のバンコク-成田線について、「日本ではスクートと同じチームが販売する。同じくらいの比率になるのではないか」と期待を寄せる。
一方で、ホノルル線のように需要が夏休みなど長期休暇に偏りがちな路線の場合、1年を通した需要の平準化が不可欠だ。ゴールデンウイークを控えた4月に、スクートの関西-ホノルル線を家族で利用した大阪在住の女性は、「ガラガラやった」と話す。観光路線であるホノルル線の場合、閑散期はこうした状況になりがちだ。
1954年以来、60年以上ホノルル線を飛ばすJALは、閑散期の12月にホノルルマラソンに協賛するなど、需要創出を続けてきた。こうした取り組みを、新LCCがJALとともに展開できれば、年間の需要平準化は実現が視野に入るだろう。
そして、運賃設定も重要だ。2012年3月1日に関西空港を拠点として就航した、ANAホールディングス(ANAHD、9202)傘下のピーチ・アビエーション(APJ/MM)の場合、就航から3期目となる2014年3月期に単年度黒字、5期目の2016年3月期に累積損失を解消した。これには、高需要時には運賃を高くする積極的な価格施策が、運航コストを抑えることとともに貢献した。
JALの新LCCは、こうしたピーチの先行事例を意識している部分が見受けられる。ピーチの井上慎一CEOも「一緒に盛り上げていきたい」と、需要創出型の国内LCCが増えることを歓迎している。果たしてJALの新LCCは、どのような価値観で勝負に出るのだろうか。
関連リンク
日本航空
・JAL新LCC、787パイロット募集開始 19年入社 (18年10月9日)
・「これだったらいいね」目指す 特集・JALっぽくない社長が考える新LCC(18年9月30日)
・JAL、中長距離LCC参入へ 成田拠点、787で20年夏めど(18年5月14日)
・ピーチ井上CEO、JAL新LCC「一緒に盛り上げたい」(18年5月9日)
・ノックスクート、6月成田就航 日タイ需要強化へ(18年4月23日)
・スクート、関西-ホノルル就航 787で週4往復(17年12月19日)
・ピーチ、5期目で累損解消 16年3月期、3期連続黒字(16年6月14日)
・LCCスクート、成田-シンガポール線就航 787は14年から(12年10月29日)