国内初のLCCであるピーチ・アビエーション(APJ/MM)は、6月14日に発表した2016年3月期通期決算で3期連続黒字を達成し、累積損失を解消した。
2012年3月1日に関西空港を拠点として就航したピーチは、着陸料や人件費が高い日本で、なおかつ当時は閑古鳥が鳴いていた関空から発着することから、黒字化は難しいとみる人も多かった。
しかしながら、就航から3期目となる2014年3月期には、単年度黒字を達成。累損も目標としていた5期目で解消に至った。
現在国内LCCは4社がひしめく。このうち、ピーチ以外に黒字化したのは、2016年3月期達成となるバニラエア(VNL/JW)のみ。徐々に国内でもLCCが定着してきたとはいえ、各社とも気を抜けない状況が続いている。
3期連続黒字や累損解消を達成した理由は何か。そして、これまでのビジネスモデルをどう捉え、今後どのような機材や路線計画を立てていくのか。黒字化後のピーチは何を目指すのか、同社を牽引する井上慎一CEO(最高経営責任者)と岡村淳也財務・法務統括本部長、遠藤哲総合企画部長の3人に聞いた。
*後編はこちら。
—前編の概要—
・コスト削減より筋肉質
・関西モデルで仙台目指す
・Instagramでリサーチ
・品質とコストのバランス
—後編の概要—
・LCCのビジネスモデル忠実に
・訪日客獲得に注力
・機材稼働率にこだわる
コスト削減より筋肉質
── 人件費や着陸料が高い日本で3期連続黒字を達成した。率直な感想は。
井上CEO:当初ほとんどの方が不可能と言っていたLCCモデルを、高コストの日本で成り立つことを証明できたのがうれしい。やりようによっては出来る。
── なぜ高コストな日本で達成できたのか。
井上CEO:やはりコストだ。削るよりも筋肉質にするという表現が正しいだろう。
コストを下げるために基本を徹底した。昔ドイツのサッカーのベッケンバウアー選手が、ドイツが強い理由について「基本がしっかりしているからだ」と答えたことを覚えている。
例えば、機材稼働をなるべく上げていこうだとか、余計なことはやるまい、社長室はなくてもよい、という議論をまじめにやってきた。なぜ、なぜという問いかけを繰り返しながら、筋肉質にしていった。これが大きいと思う。
── 関空を拠点とすることも、当初は疑問視する声があった。24時間空港である点は黒字化する上で大きかったか。
井上CEO:世界を調べると、24時間運用で門限のない空港をLCCは住みかにしている。欧州はセカンダリー空港を使っている。誰も使ってないからガラガラだ。余裕があるところに進んだ方が良いのかな、と考えた。
先人の学びを日本のマーケットでやってきた。
── 累損も計画通り5期目で解消した。なぜ5期目だったのか。
井上CEO:株主からは、普通のことだと複数の人から言われた。3年で単年度黒字、5年で累損一掃。これは業種に関係なく一緒だと言われた。
ファンドが2社入っているが、航空業界に詳しいわけではない。しかし他のいろいろな業界を見てきている。LCCについても、そうあるべきだと判断していたのではないか。
── 筋肉質にしていく中で、社内をまとめる上で何が重要だったか。
井上CEO:価値観の共有だ。何のためにピーチに集まっているのかということ。最初から経営理念、ビジョン、ミッションを定めたのは、このためだ。「これに賛成する人は集まってください」というメッセージでもあった。
同じ志を持ちながら、同じ目標に向かっていった。に日本は捨てたものじゃないと思ったのは、若い人も優秀な人が来た。理念やビジョンは大事だと改めて思った。ぶれないで会社が進んできた。
ピーチには「アジアの架け橋になる」という理念があるが、人と人との交流の架け橋、文化や往来の架け橋を目指している。海外メディアからは、最初から理念を掲げているのは珍しいと言われた。
── こうしたビジネスの姿勢は、いつごろ具体化したのか。
井上CEO:就航前の2011年に、みんなとわさわさやっていたころだ。
── 今の売上高の規模は、ほぼ描いていた通りなのか。
井上CEO:予想以上だ。
岡村氏:当初より若干上振れした。費用のうち、原油安は予測していなかった。最初のうちは定着に時間が掛かるだろうと、ロードファクターも固めに予想していた。しかし、予想をかなり上回っていた。
そして平均ロードファクターは、2013年、2014年、2015年と、年々上がってきている。これ以上どんどん上がるのは難しいかもしれないが、右肩上がりで来ている。
井上CEO:あとはブランディングが良かった。アジアの架け橋になるため、アジアに受ける名前にしようと考えた。その中で、アジアで愛されている桃、ピーチを選んだ。インバウンドの比率が7割を超えている現状を見ると、ラッキーシンボルであるピーチという名前に引きつけられた人が多いということがわかった。アジアを意識した名前が良かったと思う。
── 女性をターゲットにしたが、スーツを着た男性も乗っている。男性が乗ることは想定していたか。
井上CEO:あまり想定していなかった。ビジネスマンの乗客に話を聞いたところ、遅れることはあるが、ちゃんと飛んでいると評価された。このぐらいの距離ならば、ピーチでいいじゃないか、と評価されてきている。
岡村氏:最初に話していたのは、女性がいるところには、男性も集まるだろうということだった。女性の方が、こうしたことに敏感なのではないか。
井上CEO:「空飛ぶ電車」というキャッチフレーズも、これまでのビジネスモデルとは違う方向を目指そうというメッセージでもあった。新しい顧客価値の創造は、いまだに続けている。他社がやっていることはやめて、新しいことをやろうということだ。これをお客様に高く評価されたと感じている。
── 関西という市場はどうだったか。
井上CEO:非常に良かった。関西はアグレッシブで、新しいことをやってみようという気質を持っている。そして、無駄なお金を使わない。われわれが目指すLCCモデルを鍛える場としては、良かったのではないか。おばちゃんに嫌われたらおわりだ。
関西モデルで仙台目指す
── 2013年10月に成田へ就航し、首都圏進出からしばらく時間が経った。どう捉えているか。
井上CEO:乗っているお客様のセグメントが変わることもなく、同じなのかと感じている。
ただ、大阪は価格に対して非常に敏感なので、安いとワーッとなる。ところが、関東は割と穏やかなので、ジワーッと、静かに浸透している。
── 首都圏はスカイマークをはじめ、大手2社よりも運賃が安い新規航空会社が就航している。関西と市場が異なるが、低価格運賃やブランドなど、何が受けたと考えているか。
井上CEO:ちゃんと飛んでいることだろう。そして、手ごろな運賃を出している。それにプラスして、女性を中心にブランドに反応してくださる方もいた。
しかし首都圏は就航先が限られているので、まだまだだと思う。
── 一方で、成田は夜間の発着時間制限などの制約がある。
井上CEO:物理的に限界があるので、やれる範囲で精一杯やっていく。だから第3拠点は仙台にした。
── 本当は成田を第3拠点にしたかったのか。それとも別の理由があるのか。
井上CEO:私はLCC原理主義者なので、混雑空港はLCCに住み心地がよい場所ではない。より制約のないところで考えていく。
── 制約がないという意味でも、東日本では仙台が良いのか。
井上CEO:そうだ。もう一つは、日本の国策として東北の復興が掲げられている中で、航空会社として貢献したいという思いもあった。
関空にあれだけの訪日客が訪れたのを4年間目の当たりにしてきたので、あれが東北でも起きれば貢献できる。
── 就航地とはどのように盛り上げていくか。
井上CEO:就航地と一緒になって盛り上げていく。空港や自治体、企業と連携してきた関空での取り組みを、我々は「関西モデル」と呼んでいるが、すでにいろいろな取り組みを始めている。
私が出席した政府の観光ビジョン構想会議で有識者が言っていたことを考えると、たぶん東北はいけるだろう。何かを作ってイベントをやるわけではない。西洋人などが求めているのは、あるがままの姿だ。普遍的な価値を感じる者に反応すると聞いた。東北は宝庫なので、地元と一緒にやればうまくいくだろう。
── 自治体も主体的に動くかが成功するか否かを握っているように感じる。自治体の動きはどうか。
井上CEO:昨年の搭乗率が86.7%だったが、これを自治体は見ている。ピーチには閑散期がなく、いつも乗客を運んでくるインフラとして捉えている。
ピーチが運んでくる乗客をどう取り込むかというアプローチなので、すごくやりやすい。
我々のお客様は、国内線と国際線ともに、20-30代が半分ずつ。あまりガイドブックなどを見ない。SNS経由で、友達が言っていること、やったことを信じてやってくると認識している。そういう形でやるほうが良いのではないか。
石垣島にピーチが飛んで丸3年経った。石垣市役所の方から聞いた話だが、彼がバスに乗っていたら、「ピーチが飛んでから石垣島に50回行った」という人から声を掛けられたという。
Instagramでリサーチ
── SNSではどういった動きがあるのか。
井上CEO:ピーチに乗って沖縄によく行く5人組の女の子がおり、Instagram(インスタグラム)のフォロワーが15万人いる。彼女たちはいつも沖縄に行ってシュノーケリングやスキンダイビングを楽しんでいる。その写真や映像がすごくきれい。
彼女たちが関空から沖縄へ向かう時に、ピーチの飛行機の前で写真を撮っている。それを15万人のフォロワーは、「彼女たちはピーチで行っているんだな」と感じる。乗客が発信するライフスタイルに響いている。他社のお客様とは、少し違うと思う。
ピーチも3月にInstagramを始めた。どんなお客様か興味があるが、どこに行ったか、何をしているかが写真でわかる。「ピーチが遅れて迷惑した」「ピーチが良いのはデザインだけ」というコメントもあるが……。
若い方だけではなく、シニアの方も多くなってきた。さすがにInstagramはやっていないが、お会いした限りでは、宮崎にサーフィンに行く人、昔の仲間とバンドをやっている人がいた。元気なシニアが多い。
つまり、精神的に若い人がピーチに乗っている。70歳近いと思われる方に、「すみません、どうやって予約を取っているのですか」と聞いたら、「ネットに決まってるじゃん」と、バカにするなという感じで言われた。「素うどんみたいなサービスですが、なにかご要望はありますか」と聞くと、「安くちゃんと飛べばいい」と返ってきた。
── シニアというと、大手2社と同じようなサービスを要求してきそうだ。
井上CEO:うちはあまりいない。どちらかというと、余計なことをするなという感じの方が多い。
品質とコストのバランス
── 品質とコストの関係はどう考えているか。
井上CEO:お客様の期待がどこにあるかだ。我々が勝手にプロダクトアウト的にしていくと、それがお客様に価値のないものになりかねない。
例えばサービス水準を5段階とした場合、お客様が“3”でよいと言っているのに、“5”のものを提供したところで意味がないし、コストアップになるだけで運賃が上がってしまう。我々のバリューを下げてしまう。そこは気をつけなければいけない。
── “5”のものはどういうものだと思うか。
井上CEO:いわゆるフルサービス系の要求に応えてしまうと、“5”になってしまう。
サウスウエスト航空(SWA/WN)が成長した際、社員から機内食を出して欲しいという要望が挙がったそうだ。しかし社長はダメだといった。機内食を出すことで、お客様が求めているバリューを損ねないのか? ということだった。ちゃんと飛ぶことと安い運賃を乗客は求めているのではないか、と聞いたことがある。そういうことだと思う。
── ピーチは運賃の上がり下がりが大きいが、最初から上下するようにしようと考えていたのか。
井上CEO:ライアンエア(RYR/FR)かイージージェット(EZY/U2)かは忘れたが、「フルサービス航空会社は高く売れる時に高く売らない」とどちらかの人から聞いた。サッカーの欧州チャンピオンリーグの時に運賃が一番高いのはLCCだと。
運賃設定に差をつけるのがLCCだと学んだ。あとはプロモーション運賃も出しているので、相対的には高いというイメージではないと思う。
付帯収入25%「チャンスある」
── 付帯収入の割合は25%を目指す。
岡村氏:厳しいと思うが、欧米などでは25%までいっている。片道4時間以内で機内エンターテインメントもなく、じっと座っていなければならない。こんなビジネスチャンスはない。
ピーチの場合、ウェブサイトでの販売が95%以上。ここは航空券を買う際に必ず通らなければならない場所だ。何かお金を落としていただけると考えているが、その“何か”が難しい。
付帯収入の場合、航空機を買うという投資がない。マージン=利益になるので大きい。仮にユニットコストとユニットレベニューがトントンだったとしても、付帯収入が利益になる。
25%以上となると、違う事業を始めなければならないだろう。
── 外国人に比べて日本人のほうが、オプション料金などを払う人が少なく、“渋い”のではないか。
岡村氏:そうでもない。現在は18%程度だが、手数料系が多い。日本人が渋いというよりは、流行に飛びつく傾向があるので、そこにビジネスチャンスがあるのではないかと考えている。
例えばファストファッションは、今では芸能人も着ている。LCCに乗っていき、ホテルは豪華という考え方もある。
井上CEO:“体験する価値”というのがあると思う。従来型のビジネスモデルであれば、25%という数字は厳しいかもしれない。しかし、新しい顧客価値を創造していけば、まだまだチャンスはあると思う。
(機材路線関連の後編につづく)
関連リンク
ピーチ・アビエーション
特集・黒字ピーチが目指す道
後編 「仙台は国内線で終わらない」(16年6月20日)
ピーチ関連
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