全日本空輸(ANA/NH)10月4日、グランドハンドリング(地上支援、グラハン)の訓練にVR(仮想現実)技術を活用した訓練シュミレーター「∀TRAS(アトラス)」を導入すると発表した。実機・実車などで進めていた訓練のうち、初期段階をVRシミュレーターに置き換えることで訓練時間を十分に確保できるようになり、スタッフの習熟度向上につながる。
—記事の概要—
・訓練初期をVRに置き換え
・グラハン訓練担当者「すべてがリアル」
訓練初期をVRに置き換え
「∀TRAS」はANA Training System の略称で、空港を再現したVR上でグラハン業務を訓練できる。航空機出発時のプッシュバックやトーイング(けん引)、トーイングトラクターやベルトローダー、ハイリフトローダーの特殊車両走行、防除雪氷、搭乗橋(PBB)の4業務に対応したコンテンツを搭載する。装着したゴーグル内のモニターに空港や機体などのVR映像が映し出され、手の動きと連動して操作を擬似的に体験できる仕組み。システムは、VRとAR(拡張現実)、MR(複合現実)を融合させたXR(クロスリアリティ)コンテンツを制作する積木製作(東京・墨田区)とANAが共同で開発した。
昼夜の時間帯と晴・雨・曇・雪の各天候を組み合わせて訓練でき、不具合や不測の事態を強制的に発生させる「イベント発生機能」も備える。対応機材はボーイング機が737、767、777、787、エアバス機はA320、A321、A380など、ANAの運航機種すべて。再現する空港は羽田と那覇、中部、松山の4空港で、今後は年1-2空港ずつ追加していく。また採点機能も備え、経路や各シナリオでのチェックポイントをAからCの3段階で評価し、習熟度を数値化する。
従来の訓練の一部をVRシミュレーターに置き換えることにより、初期段階での実機使用が不要となる。また訓練補助要員も不要で、スタッフの時間制約も緩和される。訓練稼働時間を短縮することで、効率的な訓練や訓練稼働時間の短縮、早期の人材育成などが期待できる。
初期導入は11セットで、4日から羽田空港で導入。11月末までに新千歳、福島、成田、中部、伊丹、関西、松山、福岡、佐賀、那覇の10空港にも展開する。その後、全国の空港への導入を計画する。
グラハン業務は機種ごとに資格取得が必要だ。就航便数や機材の有無など空港ごとに異なることから、実機を活用した従来の訓練は地方空港を中心として訓練時間や教育の質のばらつきが課題となっていた。VRシミュレーターは訓練初期に導入し、慣れてからは実機での訓練に移る。VRシミュレーターを活用することで、空港ごとの資格者養成期間の平準化につながる。また全国で共通の訓練環境が実現でき、教育環境の向上やグラハン業界全体の人材不足解消につなげたい考え。
グラハン訓練担当者「すべてがリアル」
導入初日となった4日に、羽田空港でANAのグラハンスタッフらがVR訓練シュミレーターをデモ披露した。
グラハンを担うANAエアポートサービスで訓練インストラクターを務める人材開発課の加藤潤一さんと下村千明さんは、VRシミュレーターによるプッシュバックを体験した。体験後、2人は「すべてがリアル」と口をそろえた。下村さんによると、機体の重さ以外は再現できているという。
加藤さんによると、プッシュパックの訓練開始から資格取得まで、早い場合で100機分、通常は200-300機分の訓練が必要だという。訓練ではこのうち半数をVRシミュレーターに置き換え、残りの半分を実機で訓練。VRシミュレーターは実機と同じものとして訓練できるという。
導入を担当したANAグランドハンドリング企画部の長岡正記さんは、導入の狙いについて、「グラハンの人材育成には時間がかかる上、特殊車両を取り扱うため、訓練できる場所や時間なども限られる」と説明。導入により、場所や時間を問わず訓練できるようになるという。長岡さんによると、訓練期間は約39%圧縮できる見通しで、より多くの人材育成につなげたい考えだ。
プッシュパック訓練には実機が必要で、乗客のいない夜間駐機中の機体や、習熟後は営業便で訓練を進めている。長岡さんは、VRシミュレーターを夜間駐機のない小中規模空港で導入することで、効率的な訓練が進められる、としている。
関連リンク
全日本空輸
ANAエアポートサービス
積木製作
・ANA、空港酷暑対策でファン付きベスト導入 グラハン・整備士1万人着用(24年7月4日)
・ANAとJAL、グラハン7資格を相互承認 地方10空港でマーシャリングや牽引など(24年5月14日)
・ANA、空港車両のエンジンはずしEV化 廃車対象「ベルトローダー」再生(24年5月20日)
・ANA、グラハン車両で軽油代替燃料「RD」実証 廃食油原料、“すす”出さない(24年5月9日)