特定非営利活動法人・日本重症患者ジェット機搬送ネットワーク(NPO JCCN)は5月22日、重症の小児患者を新潟空港から羽田空港まで医師が同乗する「ドクタージェット」で搬送した。4月から始めた試験運航の3回目で、初めて羽田へ患者を運んだ。少子化で小児医療施設の維持が難しくなり、小児を診察できる救急専門医が不足する中、ドクタージェットによる広域医療の実現を目指すもので、本格運航の開始は2026年を目標としている。
—記事の概要—
・ドクヘリで解決できない課題
・「子供を助けることに反対する人いない」
ドクヘリで解決できない課題
JCCNは2022年10月27日に設立され、今月1日付で大阪府から「認定NPO法人」に認められた。搬送対象は、重症呼吸循環不全や緊急手術が必要な先天性疾患など「超重症患者」で、地方では受けられない高度先進医療を必要とする重症小児を、ドクタージェットの機内で医師が医療行為を続けながら搬送する。
心臓血管外科医であるJCCNの福嶌教偉理事長をによると、2017年から2022年までの5年間で、ジェット機など「固定翼機」による搬送が必要と判断された北海道を除く地域の小児患者は107人で、搬送を断念して亡くなった3件を除くと空路搬送は66件あり、このうち実際の搬送手段は航空会社などの民間機が7件、自衛隊の航空機動衛生隊が3件、ヘリコプターが35件などだった。
各都道府県には、医師が同乗する「ドクターヘリ」が配備されているものの、都道府県境をまたぐ長距離搬送がヘリの航続距離や制度上の問題で適していないことや、スペースや振動、騒音などで搬送中に高度な集中治療ができず、機内で容体が悪化すると手を施せないこと、夜間や悪天候時に運航できず、重い医療機器を装着した患者を運べないなどの課題があるという。
「県境で患者をドクヘリで運ぶ場合、隣県の病院が近いのに、出動した県の病院に運ばなければならない」(福嶌理事長)といった事例が実際に起きているといい、患者の容体を極力悪化させずに目的の病院まで運ぶためには、ドクタージェットが必要だと説明する。
また、ドクヘリは運航経費の半分が厚生労働省の補助金で、残り半分が都道府県の負担となっており、地域医療の搬送手段と位置づけられている。福嶌理事長は、国の予算の課題として、日本に広域医療の搬送ネットワークを構築したり、維持する予算制度がない点を挙げ、「臓器移植のネットワークはある」として、ドクタージェットも同様の制度作りが可能だと指摘した。
福嶌理事長は費用面に加え、PICU(小児集中治療室)の増設が困難なことを挙げた。PICUは現在全国19カ所にあるものの、北海道・東北・北陸にはなく、小児が少ない地域では維持出来ない上、常駐が必要な小児を診察できる救急専門医が不足していることから、諸外国と同様に広域医療体制を整備するのが現実的だという。
2019年の調査で、PICUでの小児患者の年間死亡率が2-3%だったのに対し、PICU以外に搬送された小児の死亡率は5%で、「PICUに運ばれていれば、100人以上が助かった可能性がある」(福嶌理事長)と、PICUがない地域から搬送することの重要性を強調した。
「子供を助けることに反対する人いない」
JCCNによるドクタージェットの試験運用は、4月19日に初めて実施。0歳の男児を小松空港から県営名古屋空港へ搬送した。2回目は10歳未満の女児を米子空港から神戸空港へ搬送し、3回目の今回は新潟大学病院に入院歴のある3歳未満の男児を、新潟空港から羽田空港まで搬送した。
ドクタージェットは、中日本航空が保有する双発ジェット機のセスナ560型サイテーションV(登録記号JA120N)で同社が運航。羽田のランプハンドリング(グランドハンドリング)は、ANAホールディングス(ANAHD、9202)傘下のANAエアポートサービス(ANAAS)が担った。
福嶌理事長によると、同乗した医師と看護師は新幹線で先に新潟入りしたという。本来は羽田でドクタージェットに医師と看護師を乗せて現地入りし、患者とともに羽田へ戻ることがもっともロスがなく、救急専門医の不足で疲弊している医療現場の負担軽減につながるという。
羽田にドクタージェットが到着したのは午後2時31分すぎ。患者の男児らを乗せたドクターカーは午後2時44分すぎに出発し、搬送先の都立小児総合医療センターには午後3時50分ごろ到着した。福嶌理事長によると、男児は「右型単心室」や「先天性気管狭窄(きょうさく)」と診断されており、母親が男児を抱きかかえて移動するのが、もっとも容体を悪化させずに搬送できる体勢だったという。
2026年の本格運航を目指す取り組みで、当初は小児向けでスタートするが、将来的には大人の超重症患者にも対象を広げたいという。
4月からの試験運用に先駆けて、2023年11月から今年2月にかけてクラウドファンディングで寄付を募ったが、集まったのは1500万円で、2-3回の搬送で底を尽きてしまう額にとどまった。「今年は50例くらいいってしまうかもしれない」と、実際に運航することで、ニーズが顕在化してきているという。
福嶌理事長は「子供を助けることに反対する人はいない。もし自分の子供がそうなったらと考えて欲しい」と理解を求めた。また、ドクタージェットの費用を患者が負担せずに済んでも、親族などが病院の近くに長期間滞在して付き添う必要があり、患者の家族の負担が大きいことも考慮する必要があるという。
今後の計画では、羽田と伊丹にドクタージェットを1機ずつ常駐させ、緊急搬送にも対応できるようにしたいという。使用空港については、搬送先の医療機関の立地などを考えると、患者の容体を悪化させずに搬送するためには羽田と伊丹を拠点にする必要があるという。
関連リンク
特定非営利活動法人 日本重症患者ジェット機搬送ネットワーク
・北海道の患者搬送機「メディカルウイング」就航(17年7月31日)