「ANAの経験は貴重ですが、やったことを持ってきても仕方がない。スカイマークの強みがなくなってしまいます」。こう話すのは、スカイマーク(SKY/BC、9204)の取締役専務執行役員に就任した荒牧秀知さんだ。ANAホールディングス(ANAHD、9202)傘下の全日本空輸(ANA/NH)をはじめ、ANAグループでレベニューマネジメントや業務改革、IT部門で手腕を振るい、スカイマークではコロナ後の営業強化を主導していく。
新卒でANAに入社して35年。これまではスカイマークとの接点はほぼなかったというが、株主の1者であるANAHDからの役員交代という形で今年6月の株主総会を経て就任。「今までは(ANAのコーポレートカラーである)青組だったが、その発想を捨ててスカイマークの発想、黄色組でいきます、いろいろ話を聞かせてくださいと、役員たちや私の担当である営業本部の人たちに宣言しました」と、スカイマークの役員となった以上、スカイマークの立場で物事を判断していくという。
本紙では10年前の2013年、荒牧さんがANAの業務プロセス改革室でイノベーション推進部長を務めていた際、スマートフォン導入による業務改善について聞いた(関連記事)。この時に荒牧さんはペーパレスなどの業務改革は「紙をなくすと考えるだけではダメ」と、業務そのものを見直さないと意味がないと話していたのが印象的だった。
大手やLCCとの違いを打ち出し、第三極として存在感を示すスカイマークは9月19日で就航25周年を迎え、2025年のボーイング737 MAX日本初導入や、予約の簡略化といった変化の節目を迎えつつある。「マーケティングとITがわかる、ということで白羽の矢が立ったようです」と自己分析する荒牧さんに、今後のスカイマークをどのような方向にもっていきたいのかを聞いた。
—記事の概要—
・年明けにも「マイページ」
・「システムがない、という発想が社員にない」
・自動化の弊害も意識
・訪日客の国内利用で海外認知度向上へ
年明けにも「マイページ」
スカイマークに入り、荒牧さんが感じているのが「愚直に議論している会社」だ。「コーヒーの量や手荷物の返却時間の改善など、お客さま目線で改善が進められていますね」と、搭乗券に印刷されたQRコードからアクセスしたアンケートで、乗客から寄せられるフライトの5段階評価やフリーコメントを社員が共有し、改善に役立てている点を評価している。
ANAや日本航空(JAL/JL、9201)のようなマイル会員制度をスカイマークは用意していない。余計なコストはかからないものの、利用者は予約のたびにクレジットカード情報を入力するなど、煩雑に感じる面もあるのが実情だ。そこでスカイマークは「マイページ」と仮称している予約システムの導入を計画している。
「予約の煩雑なプロセスをなくすのがマイページで、年明けくらいにはリリースできそうです。マイルの大きな会員システムではコストがかかるので、身近な運賃を維持していくのがマイページです」と、スカイマークの強みを生かすシステムを目指す。
「システムがない、という発想が社員にない」
社内の業務プロセスを見ていくと、スカイマークとANAでは「ソリューションが全然違う」と荒牧さんは話す。「ANAの規模だと情報連携ひとつ取っても、アナログなやり方だと限界があるのですが、スカイマークでは何もかもデジタルにするよりは、ヒューマンな面を残すのもありかな、と感じますね」と、ANAで成功したものをそのまま持ってくるのは意味がないとの考えだ。
「国土交通省の定時性調査で1位になりましたが、その努力が涙ぐましい。システムがない(とできない)、という発想がないですね。手荷物をお客さまに返却するのも、お客さまが返却台に着いたら出てきます。ANAやJALだと規模も含めてまねできないと思いますが、これはITとは関係ない。プロセスの見直しで、これは元々やっている社風であり、現場力だと思います」と指摘する。
自らの経験を生かしてプロセスを見直すにしても、「現場力のDNAを大事にしたいです」と、現場の発想を重視した改善を進めていく。
自動化の弊害も意識
荒牧さんにとって重要なミッションは、こうした業務改善やIT化の推進だけではなく、企業活動の源泉と言える営業の強化だ。
長らくレベニューマネジメントに携わってきた立場で見ると「運賃がシンプルなのでやり方が違う。システムを自動化するとかではなく、限られた人数でやっているのですが、ちゃんとイールドをあげ、ニーズに応えていてびっくりしました」と、営業面でも社員たちのヒューマンな強みが現れていると実感していた。
社員が自発的に動いていることは、スキルの平準化にもつながる。「自動化してしまうとブラックボックスになってしまうことがあります。スカイマークはベテラン社員とのコミュニケーションがあり、レベニューマネジメントと販売もちゃんとすり合わせができている。非常に愚直で、地に足に着いた仕事を繰り返していますね」と舌を巻く。
「単にデジタル化とか、効率化ではないですね。どこの部分を自動化して、大事なスキルをどう伝承していくかです」と、効率化の切り分けが今後の成長に大きく影響していくとみている。
訪日客の国内利用で海外認知度向上へ
営業面で荒牧さんが重視しているのが、地域共生と地域の魅力発信。茨城や神戸、下地島と、単独路線などスカイマークが強みを持つ空港から着手しており、茨城ではJR東日本が25年ぶりに実施するというキャンペーンに、自治体とともに参画し、3者で茨城を中心に北関東の観光活性化を進める。
一方、コロナ前は国際線としてサイパン路線を運航していたが、当面は国内線に注力する。「国際線は社員にとっても夢のようなもの。今は財務体質強化が課題ですが、現在の中期計画の後には検討課題になるのでは」と話す。
「昔は富士山を見て、浅草に行って、と訪日外国人の旅行スタイルに決まったものがありましたが、今は地方に観光で訪れる人も増えています。国内線を運航してるスカイマークはポテンシャルがある」と、旺盛なインバウンド需要の取り込みも、会社の体力をコロナ前の状態に戻していく上で有望だ。
「スカイマークは国内線なのでパスポートチェックがありませんが、お名前がどうも日本人ではない方もみられますし、下地島でもバックパッカーらしき方もいらっしゃる」と、まずは国内線でスカイマークに乗ってもらい、将来的な国際線再開までに海外でも認知を広げていくことが重要だと捉えている。
◇ ◇ ◇
就航25周年を迎えたスカイマークは、どこへ向かうのか。「成長を支えるのは厳しい時期を乗り越えた社員の力です」と、荒牧さんは断言する。
「独自のマーケットポジションを確立し、新機材として737 MAXも入ってきます。ハイエンドをまず押さえるJALとANA、低価格運賃のLCCという両極とは一線を画していると思います。スカイマークは、ビジネス需要だけではなく観光やVFR(友人・親族訪問)で乗っていただく方に、また乗ろうかな、と思っていただける価値感やサービスがどうあるべきなのか、というところを磨き上げていくことが成長につながると思います」
自らの強みを自覚し、「システムがない」などといった弱音をはかずにコロナを乗り越えたスカイマークの社員たち。営業や業務改善、IT化の推進といった、いまのスカイマークにとって不可欠な経験を持つ荒牧さんは、社員の現場力を第一に新たな四半世紀の第1歩を踏み出した。
関連リンク
スカイマーク
ANA時代の荒牧さん
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