日本航空(JAL、9201)とJALカードが10月から申し込みの受付を開始したクレジットカード「JAL CLUB EST(エスト)」。20代を対象としたクレジットカードで、所定の年会費を支払うと、JALの国内線空港ラウンジ「サクララウンジ」を年3回、「クラスJ」へのアップグレードクーポン年10区間分を毎年利用できるのが特徴だ。サクララウンジには、同行者1人も入室できる。
この若者を対象とした新サービスを手掛けた中心メンバーは、20代のJAL社員たち。ここまでは、若者向けサービス開発でありがちだが、エストを世に送り出したのは、パイロット訓練生としてJALに入社した2人だった。2009年4月入社の会田雄吾さん(27)と10年4月入社の島川翼さん(26)だ。
会田さんはJALのIT企画本部IT企画部で、エストのサービスのシステム化をまとめた。島川さんは同社路線統括本部マイレージ事業部でマイレージサービス側の窓口を担当した。JALが経営破綻したのは10年1月。本来所定の研修を終えれば、すぐにパイロットとして訓練を始めるはずだった彼らは、どのような道を歩み、今回のサービスを担当することになったのか。また、パイロットを目指す上で大切なことは何か。
破綻しても辞める気はなかった
会田さんは入社後、新千歳空港で空港係員として研修を受けた。10年1月の破綻後、同年6月に訓練延期が決まり、翌月の7月から現在の職場に配属となった。
破綻後に入社した島川さんは、成田空港で同じく空港係員として12年6月まで研修を受ける。そして翌月7月から今の職場での仕事が始まった。
父親が出張族で、幼稚園の頃からパイロットになりたかった会田さんは、卒園アルバムにJALの飛行機を書いていたという。それだけに、訓練延期が決まった時は「感情のコントロールできなかったです。入社して涙を流したのは初めてだったかもしれません」と、当時を振り返る。しかし、「こうなったのも何かの縁。同期とそう話をして頑張ってきました」と話す会田さんに、会社を去る選択肢はなかった。
「保育園の頃に見せられた映画『トップガン』がきっかけでした」と、パイロットを目指すきっかけを明かす島川さんは、入社2カ月後に訓練延期を伝えられる。「頑張っていればなんとかなる、そんな思いでした。だからJALを辞める気はなかったです」と話す島川さん。「相当前向きな人間だと思います。ここでしかできない経験は、ありがたいことだと考えました」。
会社も自らの立場も先行きが不透明な中、2人は自分たちと同世代の利用者にターゲットを定めたサービスを手掛けることになった。
20代も良いものにはお金を使う
今回誕生したエストは、若者に間口を広げ、乗ったら良かったと体験してもらえるサービスを目指したという。通常のJALカードの年会費に加えて、エストの年会費が必要になる。普通カードとCLUB-Aカードの場合は本会員5250円、CLUB-Aゴールドとプラチナは同2100円がエストの年会費だ。
しかし、堅実派が増えている若者に、プラスアルファの出費は厳しいのではないか。「20代はお金を使わないと言われていますが、良いものには使っているという自覚があります」というのが、島川さんが自身や周囲のお金の使い方を観察した結論だ。
サクララウンジはJALのマイレージサービスの上級会員は無料で利用できるが、通常は1人3000円。これがエストではJAL国内線利用時に年3回、同行者1人とともに入室できる。島川さんは、恋人や友達との旅行での使い勝手を考え、この「同行者1人と入室可」にこだわったそうだ。
年10区間分利用できるクラスJは、普通席の運賃にプラス1000円となっている。会田さんは「国内線1往復で、クラスJとラウンジを使えば、もとが取れるんです」と力説する。2人でラウンジを利用すれば、この時点でもとは取れる。一方、国際線ではビジネスクラスのチェックインカウンターを利用できるようにした。
また、マイルの有効期限も通常は搭乗日の36カ月後の月末までだが、60カ月後の月末まで延長される。買い物時のマイルも、2倍たまる「JALカードショッピングマイル・プレミアム」が自動付帯される点も、使いやすさにこだわったところだという。
「入社3年目や4年目に、休みが取れて海外に行きたいと思った時にマイルで行ける、というお手伝いができればいいですね」と会田さん。同時にJALカードの顧客層を、現在メインである30代から50代の男性に加えて、「20代の男女にも広げたいです」(島川さん)という思いもある。
島川さんによると、こうしたサービス内容の企画だけではなく、サービス名やロゴ、券面のデザインは20代の社員が決めたとのことで、20代の意見を通したサービスだ。
好き嫌いしない、論理的な思考
20代のパイロット訓練生が打ち出したエスト。今回の経験は今後パイロットとなる上で、2人にどう役立つのだろうか。
「自分たちは、地上職でどういうことが起きているかを見ることができました。入社して、そのまま訓練を受けていたら、今のように物事を考えられなかったです」と話す会田さんは、現在の仕事を「後ろ向きには捉えていないです」という。島川さんも、「自分たちのような体験をしたパイロットは初めてでしょう」と、世界的にも希有な経験を、今後のパイロット人生に役立てたいようだ。
では、パイロットになるためには、どういった心がけが大切か。最後に聞いてみた。「パイロットになるという気持ちを持ち続けることと、好き嫌いせずに何事にも取り組むことです」(会田さん)、「論理的な思考が重要です。いろいろなことが起こる中で、取捨選択したり、正しい判断が求められるからです」(島川さん)。
人生の選択肢としてJALに残ることを選び、現在の仕事に正面から取り組んだ2人。会田さんも島川さんも、エストのサービス内容を力説する姿はパイロットというよりも、バリバリのビジネスマンという雰囲気だった。パイロットのキャリアとしては異色ではあるが、新サービスの開発という得がたい経験は、高度な判断を求められる運航乗務で必ず役立つだろう。
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