開発中止が決定した三菱重工業(7011)のジェット旅客機「三菱スペースジェット(旧MRJ)」は、「リージョナルジェット」と呼ばれるカテゴリーに属する。市場規模の大きい米国では主に地方都市間の路線に、欧州では国をまたぐ域内の地方路線にも投入されており、日本国内も地方間路線が主な活躍の場だ。
このリージョナルジェット機世界最大手はブラジルのエンブラエルで、国内では日本航空(JAL/JL、9201)傘下のジェイエア(JAR/XM)が初導入し、最初の機体(E170、登録記号JA211J)を2008年10月31日に受領し、2009年2月1日に就航した。その後、同年7月23日就航のフジドリームエアラインズ(FDA/JH)もエンブラエル機を導入している。
エンブラエルは、次世代リージョナルジェット機「E2シリーズ」を開発。従来のエンブラエル170(E170)とE175、E190、E195で構成する「Eジェット」(E1)の後継機で、E175-E2とE190-E2、E195-E2の3機種で構成する。新型エンジンや新設計の主翼、主脚の格納した際のドアなどで、燃費を向上させた。1クラス構成の標準座席数は、E175-E2が88-90席、E190-E2が106-114席、E195-E2が132-146席となる。
E2のエンジンは、スペースジェットと同じく、低燃費と低騒音を特徴とする米プラット&ホイットニー(PW)製GTFエンジンを採用。推力の違いにより、E175-E2がPW1700G、E190-E2とE195-E2がPW1900Gを搭載する。MRJ時代、エンジン選定や開発の一部は三菱が先行していたが、徐々に差を縮められてしまった。
スペースジェットが去った今、最新リージョナルジェット「E2」はどのような状況なのだろうか。
—記事の概要—
・MRJもE2もGTFエンジン
・E175-E2は開発中断
・羽田にE195-E2飛来
・どう動く?日本の航空会社
MRJもE2もGTFエンジン
エンブラエルの受注履歴を見ると、EジェットとE2を合わせて世界で2000機を受注。Eジェットは1633機が引き渡し済みで、E2はE195-E2を38機とE190-E2を17機の計55機を納入している。
E2シリーズのうち、最初に開発したE190-E2と、もっとも機体が大きいE195-E2は就航済み。2022年11月には、中国の航空当局CAAC(中国民用航空局)からも「型式証明(TC)」を取得し、中国市場にも本格進出した。翌12月にはカナダのTCCA(カナダ航空局)からもTCを取得しており、従来は100席未満が主流だったリージョナルジェットの市場を、着実に150席未満に広げている。
エンブラエルにとって、座席数のみで比較するとライバルはエアバスのA220のみ。カナダのボンバルディアが開発した小型旅客機「Cシリーズ」の事業会社をエアバスが2018年7月に買収し、名称を変更したもの。すべてが新設計で、部品を9割以上共通化したA220-100(旧CS100)とA220-300(CS300)の2機種で構成され、標準座席数はA220-100が100-130席、中胴が3.7メートル長いA220-300は130-160席だ。従来のリージョナルジェット機と比べると、航続距離が長く1列当たりの席数が5席と1席多い分、大型化している。
スペースジェット(エンジン選定時はMRJ)とE2、A220に共通するのは、エンジンがPW製のGTFエンジンであること。低燃費・低騒音が売りで、低圧タービンを高速回転させて最適な効率を得る一方、ファンを低速回転させて騒音低減を実現している。スペースジェットがPW1200G、A220がPW1500G、E175-E2がPW1700G、E190-E2とE195-E2がPW1900Gと、150席未満の次世代機市場を制覇した。
計画通りに開発されていれば、スペースジェットがGTFエンジンを採用した初のリージョナル機として先行できたが、現実はそうならなかった。一方、エンブラエルもE2シリーズでもっとも機体が小さいE175-E2は、順風満帆とは言えないようだ。
E175-E2は開発中断
E175-E2の就航時期は、2027年から2028年の間を予定。「スコープ・クローズ」と呼ばれるリージョナル機に関する米国の労使協定に関する協議の進捗や、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の民間航空機市場への影響などによるものだ。
エンブラエルは 2022年2月18日に開いた取締役会で、E175-E2の開発を3年間中断する決定を下した。E175-E2は2019年12月12日に初飛行しており、スペースジェットのように国が安全性を証明する型式証明の取得が課題ではない。
スコープ・クローズは、76席までの航空機の最大離陸重量(MTOW)制限に関する米国のパイロット組合との労使協定。現状ではMTOWが9万8120ポンド(4万4600キログラム)のE175-E2はリージョナル機のパイロットが運航できず、機体を再設計するか協定の緩和が必要になる。仮に緩和に時間がかかっても、エンブラエルには既存のE175を販売する手が残されている。
スペースジェットが開発中止に追い込まれた要因の一つがこの問題で、最初のモデルとなる「SpaceJet M90」(旧MRJ90)は、スコープ・クローズの緩和が進まないと市場投入できないことも大きく影響した。
100席以上150席未満の市場は、E190-E2とA220-100、E195-E2とA220-300と、席数のみで比べると競合が存在する。しかし、スペースジェットが市場を去った今、エンブラエルも100席未満の市場にE175-E2を急いで投入する必要性は薄れたと言えるだろう。
羽田にE195-E2飛来
E2は確かに低燃費、低騒音の機体だが、徐々に導入する会社が増えているのは、Eジェットに寄せられた要望などをE2に反映している点も大きいだろう。航続距離や燃費といった数値に表わしやすいものだけでなく、整備性や客室乗務員の使い勝手も含めた改良を加えていることも、評価につながっているようだ。
エンブラエルは2022年11月に、アジア太平洋ツアーの一環でデモンストレーション機材「TechLion(テックライオン)」(E195-E2、PR-ZIQ)を羽田空港に持ち込んだ。コンピューターの基板のようなライオンを機体全体にデザインした機体で、前回は2019年7月に羽田へ飛来した。
日本でE2を採用した航空会社はまだないが、すでに日本の航空業界もスペースジェットの開発再開には懐疑的で、いずれほかの選択肢を本格的に検討することになる時期を迎えていた。
エアバスも同年5月にA220-300を羽田に飛来させており、仮に日本の航空会社がリージョナル機を100席以上150席未満の機体にするのであれば、両社の機体から選定することになるだろう(関連記事)。
11月に来日したエンブラエル民間航空機部門のマーティン・ホームズ最高商務責任者は、日本でのリージョナルジェットの市場性について「今後20年間で120機が見込まれる」と述べ、「ターボプロップ機で運航している距離が長い路線をジェット化し、ナローボディー機の運航を最適化できる」と、E2シリーズ導入のメリットを強調した。
「新しいランディングギア(主脚)は、乗客には着陸時の衝撃が少なく、航空会社にとっては整備コストを抑えられ、簡単に整備できる」とし、「E1の顧客の小さな声を反映してきた」と説明する。
既存のEジェット(E1)を運航する航空会社にとっては「E1からE2の移行訓練は、2日半の地上訓練で可能。フルフライトシミュレーターを使わずに移行できる」と、航空会社に負担が少ない点も力説した。
A220との違いについては「A220は航続距離が長い分、機体が重い。E2はA220と比べて軽く、低燃費、低騒音、CO2(二酸化炭素)が低排出、運航コストを下げられるといったメリットがある」と述べた。
どう動く?日本の航空会社
日本でエンブラエル機の置き換えが始まる時期は、ジェイエアとFDAの機体が就航した時期を考えると2028年から2029年ごろになりそうだ。ジェイエアはE170(1クラス76席)が18機とE190(2クラス95席)が14機の計32機、FDAはE170(1クラス76席)が3機とE175(同84席)が13機の計16機ある。
一方、スペースジェットのローンチカスタマーだった全日本空輸(ANA/NH)は、つなぎとしてボンバルディア(現デ・ハビランド・カナダ)DHC-8-Q400型機(1クラス74席)を2017年度に3機導入し、その後ボーイング737-800型機をリースで4機導入している。
しかし、ANAが最初に導入したQ400は2003年11月1日就航で、旅客機では退役の目安となる20年に達する。ところが、70席クラスとなるとターボプロップ機のATR製ATR72-600型機くらいしか選択肢がない。100席以上150席未満の機体を導入することで、機齢の若いQ400を100席未満が適正サイズの路線に集約させるといった選択肢も考えられる。
スペースジェットの市場撤退後、リージョナルジェットの雄は日本市場でどう動くのだろうか。
関連リンク
Embraer
E175-E2
・エンブラエル、E175-E2の開発3年間中断 27年以降就航(22年2月23日)
羽田へ飛来したE195-E2
・E195-E2「TechLion」夜の羽田からベトナムへ アジア太平洋ツアー(22年11月16日)
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・リージョナル機でも全席通路アクセス(19年7月17日)
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