宮崎空港に本社を置くソラシドエア(SNJ/6J)に、初の女性機長が誕生した。国の航空大学校を卒業後、2014年に入社した上條里和子(りなこ)機長で、8月15日に機長発令を受け、17日の羽田-熊本線往復(6J13/16便)が機長として初の乗務となった。
「映画『トップガン』が公開された1986年生まれで、(続編の)『マーヴェリック』公開の年に機長デビューできたのは何かのご縁だと思います!」と、帰着した羽田空港で笑顔を見せた上條さん。国内の航空会社で初の女性機長が誕生して12年が過ぎ、徐々に女性パイロットが増えてきたものの、「パイロットになれる、ということを知らない人も多いんですよ」と、男性の仕事と見られがちだという。
パイロットとして、女性だから困ったことは「特にないですね」という上條さんだが、航空会社のパイロットとしての第1歩は、自らの手ではどうにもならない大きな困難が待ち受けていた。
—記事の概要—
前編
・子供ながら感じた「ここが私の居場所」
・「あなたにはパイロットの道はありません」
・「パイロットって就職するの?」
後編
・「自分に100点をあげられること、多分一生ない」
・「やりたいことに苦労があって当然」
子供ながら感じた「ここが私の居場所」
上條さんの父親は、日本航空(JAL/JL、9201)のパイロットだった。ダグラスDC-8、DC-10、ボーイング747-400と乗務していた頃は、まだ子供がコックピットを見学できた時代。自らの父が乗務するジャンボ機だけでなく、さまざまな機種のコックピットを上條さんは身近に体験しており、「コックピットから見える景色が心に残っていて、ここに戻ってきたい、ここが私の居場所だと感じていました」と話す。
小さい頃からパイロットという職種を思い描いていたものの、高校生になるまでは特にパイロットを目指す勉強はしていなかったという。首都大学東京(現在は東京都立大学に再改称)の航空宇宙システム工学科で学び、在学中はグライダーも操縦した。
そして父と同じJALにパイロット訓練生として2009年に入社。訓練開始前の地上研修として、伊丹空港で地上係員の仕事をしていた2010年1月19日、JALが破綻した。
「あなたにはパイロットの道はありません」
「訓練が始まっていない人は、これからいつか訓練する人としない人で、午前と午後に分かれて呼び出されました。私は午後組で『もうあなたにはパイロットの道はありません』とはっきり言われました」。破綻したJALのパイロット訓練は、乗務に必要な資格を維持するものを除き、新人訓練も含めてすべて止まってしまったからだ。その日のうちに上條さんの同期が希望を募り、航大のある宮崎へ飛んで願書を入手して戻ってきた。
しかし締切は3日後。「ずっとお世話になっている身体検査のお医者様に、即診ていただいて、即サインをもらって、即出す。本当にギリギリでした。航大に行きたいかは正直その時はわからなかったですね」と上條さんは振り返る。航大の受験資格は25歳までで、上條さんは新卒で入社しているため、この時が最後のチャンスだった。
行動力のある同期のおかげだと話す上條さんは、無事航大に合格。「同期っていうのはかけがえのないもので、同期がいるから頑張れる自分がいる、というのは間違いないと思います」と、励まし合える存在は大きい。
ところが、2011年3月11日に東日本大震災が起きたことで、航大の訓練が滞っていたため入学が遅れた。本来は2年で卒業できるはずが、途中の訓練延期もあって上條さんたちは2年半かかったという。「本当に入学できるのか、卒業できるのか、という感じでした」と話す上條さんだが、「それだけパイロットになりたいという気持ちは大きかったです」と、諦めなかった。
「パイロットって就職するの?」
2014年2月に航大58回I期として卒業した上條さんは、ソラシドエアに同年4月1日に入社。副操縦士発令は2015年6月3日で、機長昇格訓練を2021年12月8日から今年8月13日まで受け、翌14日の機長認定路線審査を経て、15日の機長発令となった。
ソラシドが初めて初日の出フライトを実施した2018年1月1日。副操縦士の上條さんは、飛行ルートなどのアナウンス役としてコックピットに入った。2019年もアナウンス担当、2020年はセレモニー対応と、操縦以外の分野でもイベントに関わった。
航空業界団体が女子学生向けに開くイベントにも講師として招かれている。パイロットは常に座って仕事をしていることから、ステイ先では出歩いてむくみを解消しているといった、華やかなイメージとは裏腹な現実を学生たちに話していた。
「私は父の影響でパイロットになる方法を知っていましたが、(一般的には)パイロットになれると知られていないんですよ。(私がいた)大学でも学部が違うと『パイロットって就職するの?』という感じです」と、パイロットになる方法自体が、世の中で知られていないと感じているそうだ。
女性パイロットが増えていく中で、航空業界の人からすると当たり前とも言える「パイロットになる方法」を、まず知ってもらうことが優秀な人材確保の上でも有効なのではと、上條さんは感じている。
「男社会なのは間違いないですが、絶対に味方がいます」と、信念を曲げずにパイロットを目指して努力を続けていけば、道は必ず開けるという。
(後編につづく)
関連リンク
ソラシドエア
特集・困難乗り越えたソラシド初の女性機長 上條さん
後編 「やりたいことに苦労あって当然」
初日の出フライトや講演も
・女性パイロットや整備士が仕事紹介 航空5団体が女性向け航空教室(19年12月15日)
・ソラシドエア、初の初日の出フライト 青島神社初詣ツアー(18年1月3日)
特集・日本初のJAL女性機長が歩む道
前編 パイロットの能力「男女差ない」
後編 コックピットもUV対策を 特集・日本初のJAL女性機長が歩む道
特集・JALパイロット自社養成再開から5年(全5回)
(1)ナパ閉鎖を経てフェニックスで訓練再開
(2)旅客機の感覚学ぶジェット機訓練
(3)「訓練は人のせいにできない」
(4)グアムで737実機訓練
(5)「訓練生がやりづらい状況ではやらせたくない」