「お客様を詰め込んだり、“圧縮”する意図はない。安心して利用して欲しい」。今年5月に就航するZIPAIR(ジップエア、TZP/ZG)の西田真吾社長は、2019年3月の社名発表の際にこう説明した。正式発表前に名前が漏れたことで、圧縮ファイルフォーマット「.zip」のイメージから、乗客を機内にすし詰めにするつもりかと、Twitterなどで懸念する意見が出ていたからだ。
ZIPAIRの正しい由来は、英語で矢などが素早く飛ぶ様子を表した擬態語「ZIP」や、「ZIP CODE(郵便番号)」が持つさまざまな場所へ行けるイメージ、究極の意味で使われることもある頭文字「Z」といったものを複合して名付けられた。
日本初の中長距離国際線を飛ぶLCC(低コスト航空会社)となるZIPAIR。2012年に日本籍のLCCが就航して8年が経過し、片道4時間程度までのフライトであれば、LCCで構わないという人も増えてきた。東京から福岡へ里帰りするたびにLCCを使っている40代男性は、片道1万円を切る運賃を「はじめは信じられなかった」と、これまでの「飛行機=高い」という概念を覆した。
一方で、座席の狭さや遅延による定時性の低さといった、低コストで運航することによって生じるデメリットから、敬遠してしまう人がいるのも事実。特にZIPAIRの1路線目となる成田-バンコク(スワンナプーム)線のように、片道7時間以上かかる中距離路線ともなれば、窮屈なシートなら乗りたくないと考える人も多いだろう。
ZIPAIRのボーイング787-8型機は2クラス290席と、親会社である日本航空(JAL/JL、9201)の国際線用同型機と比べて座席数が約1.5倍に増えた。乗客を詰め込まずに座席数を増やすために、ZIPAIRは何を工夫したのだろうか。
—記事の概要—
・海外大手ビジネスクラスと同じシート
・国内線用787と同じシートピッチ
海外大手ビジネスクラスと同じシート
「LCCなのに、良いシートを選んできた」。12月に機内がお披露目された際、国内の航空会社からはこうした感想が聞かれた。座席数2クラス290席のうち、ビジネスクラスにあたる上級クラス「ZIP Full-Flat(ジップ・フルフラット)」が18席ある。180度リクライニングするフルフラットシートを斜めに配置する「ヘリンボーン配列」で、全席から通路へアクセスできるようにしており、JALをはじめとするFSC(フルサービス航空会社)と遜色ないものだ。
実際、ZIP Full-Flatに使用しているシートは、KLMオランダ航空(KLM/KL)が787のビジネスクラスで採用したものと同じシートで、日本の航空機内装品メーカーであるジャムコ(7408)製。FSCであれば、ベースモデルを改良してオリジナルのシートを開発するが、ZIPAIRは既製品をそのまま使うことで、コストを抑えた。一方で、本革を採用することで、手入れのしやすさと高級感を両立している。
ZIP Full-Flatは、各席に個人用モニターを装備しているように見えるが、ZIPAIRの787は個人用モニターを一切付けていない。モニターに見えるのは、安全のしおりなどを入れるポケットだ。
ZIPAIRの787は、初号機と2号機はJALが運航していた機体をリース導入する。このため、個人用モニターはないものの、元々機体に取り付けられていた機内Wi-Fiサービス用の装備は、衛星回線を使ったインターネット接続にも対応している。
また、ラバトリー(化粧室)は7カ所あるうち、ZIP Full-Flatがある前方3カ所はウォシュレット付き。これもJAL時代の装備を流用することで実現したものだ。ウォシュレットは結果として、「LCCでは世界初と認識している」(西田社長)という付加価値につながった。
上級クラスとして差別化すべき点と、開発コストを抑えるところを分けて考えていると言えるだろう。
国内線用787と同じシートピッチ
しかし、多くの人にとって関心があるのは普通席(エコノミークラス)だろう。ZIPAIRの787初号機が2012年4月に就航した際の座席数は2クラス186席(ビジネス42席、エコノミー144席)で、約1.5倍に増えた。
ZIPAIRでは普通席「Standard(スタンダード)」が272席になったが、増席できたのはビジネスとエコノミーの構成比率を変えただけではない。1つ目の理由は、普通席で1列あたりの座席数を増やした点だ。JALが国際線仕様機で世界唯一の1列8席としているのを、他社やJALの国内線仕様機と同じ9席に変えた。
座席数を増やせた2つ目の理由は、機内のレイアウト変更だ。客室乗務員が機内食やドリンク類を準備するギャレー(厨房設備)は、全員分のものを用意する必要がないため、JAL仕様では4カ所あったが3カ所に減らした。また、787登場時には象徴的な設備のひとつだった、ビジネスクラス後ろのバーカウンターも撤去し、跡地周辺にギャレーやラバトリーを再配置することで、普通席の増設スペースをひねり出した。
そして、シートピッチは31インチ(約79センチ)と、JALの国際線用787の34インチ(約86センチ)よりは狭いものの、同社の国内線用787や海外の中長距離LCCの787と同じピッチを採用。LCCの単通路機で主流の29インチ(約74センチ)より広くなった。
コスト面では、JALグループのスケールメリットを生かした。独レカロ製シートは、JALがエアバスA350-900型機や787-8の国内線仕様機で採用しており、大量発注でコストを抑えている。
一方で、テーブルや電源コンセント、充電用USB端子に加えてタブレットホルダーを全席に設けた。乗客が自分のスマートフォンやタブレットを使い、機内Wi-Fiサービスで動画を見たり、インターネットに接続しやすい環境を用意した。西田社長は「モニターをなくしたことでシート下に機器を置く必要がなく、足もとが広い」と話す。
個人用モニターを全廃したことで、機体重量を0.5トン軽くした。燃費が改善するため、価格に還元する計画だ。また、ZIP Full-Flatが本革なのに対し、Standardは人工皮革を採用することで、本革よりも4割軽くした。席数が多いStandardを軽量化することも、燃費改善につながるものだ。
◇ ◇ ◇
「合理的なサービスに適正な値段で、需要は顕在化する。これは2012年からのLCCが証明している。中長距離LCCは世界的に何社かあるが、成功モデルを証明できていないので、ZIPAIRが成功モデルだと言われるようになりたい」。西田社長は成功が難しいと言われる中、サービスと価格のバランスが取れていれば、成功できると自信を示す。
そして親会社のJALも、定時性向上などFSCとして運航品質を高めてきたノウハウを提供し、グループ全体で顧客満足度向上を目指す。
とかく詰め込みがちな普通席も、乗客を圧縮することなくほどほどとし、座席数と快適性のバランスを取るZIPAIR。機内サービスの詳細や運賃は今春までに発表するが、新しい旅を提案する航空会社になって欲しいものだ。
関連リンク
ZIPAIR Tokyo
日本航空
写真特集・ZIPAIR 787-8の機内
(1)フルフラット上級席ZIP Full-Flatは長時間も快適
(2)個人用モニターなし、タブレット置きと電源完備のレカロ製普通席
(3)LCC初のウォシュレット付きトイレ
写真特集・ZIPAIR 787-8の外観
・白い機体に安全運航示すグリーンのチートライン
機内の動画(YouTube Aviation Wireチャンネル)
・ZIPAIR 787-8 JA822J機内公開 フルフラットシートも
機内お披露目と将来計画
・ZIPAIR、787の機内お披露目 上級席はフルフラット、全席モニターなしで軽量化(19年12月18日)
・ZIPAIR、ハワイも有力 西田社長「マーケット大きい」(19年12月19日)
ZIPAIRの動き
・JAL、LCC事業強化 藤田副社長「3社の良さ生かしノウハウ提供」(20年1月1日)
・ZIPAIR、180億円に増資 JALが全額出資(19年12月2日)
・写真特集・ZIPAIR 787初号機成田到着(19年10月28日)
・なぜZIPAIRの787は白なのか JAL初期導入機活用の思惑(19年4月14日)
・JAL中長距離LCC「ZIPAIR」、機体デザインと制服発表 西田社長「働きやすさ重視」(19年4月11日)
・JAL中長距離LCC「ZIPAIR」、787で成田-バンコク・ソウル20年就航 米西海岸も視野(19年3月8日)