9月1日にエアバスA350-900型機を羽田-福岡線に就航させた日本航空(JAL/JL、9201)。21日には、羽田空港に3号機(登録記号JA03XJ)が降り立った。JALのA350-900は3号機までが特別塗装機で、機体後部にA350のロゴを大きく描き、初号機(JA01XJ)は“挑戦”を示す「レッド」、2号機(JA02XJ)は“革新”の「シルバー」、3号機は“エコ”の「グリーン」を採用し、これまでのJALとは違った印象を与えている。
ファーストクラスやビジネスクラスでは、フルフラットのベッドになるシートが主流だ。しかし、JALは今から41年前の1978年8月から、ジャンボの愛称で親しまれたボーイング747型機の2階にベッドを用意し、「スカイスリーパー」というサービスをファーストクラスで提供。JALというと保守的なイメージが思い浮かぶが、先進的なサービスも存在する。そして、ゴージャスな機内サービスというと最近は中東勢のイメージが強いが、こうした時代もあったのだ。
そのJALがいま、米国のシリコンバレーに拠点を構え、新サービスの開発や業務改善に向けて最先端技術の情報収集を進めている。シリコンバレー駐在所は2015年6月に開設され、2018年12月からは現在の2人体制に増員した。東京・天王洲の本社近くには、2018年4月に「JALイノベーションラボ(JAL Innovation Lab)」を開設して他社との協業も積極的なJALだが、シリコンバレーでは何をやってるのだろうか?
—記事の概要—
・「JALだから話をしたい」ほとんどなし
・“表敬訪問”で終わらせない
「JALだから話をしたい」ほとんどなし
「海外でJALって言ってもね、外国の人は知らないんだよ。JALで通じるけど、それは“ジャパンのエアライン”というだけで、僕らのサービスを知っているわけじゃないんだ。そこを勘違いしちゃいけない」。前会長の大西賢・特別顧問は、海外でのJALの知名度をこう表現する。
確かに海外では、配車サービスのUber(ウーバー)などで空港へ向かう際など、JALの名前を出せば最寄りの入口まで連れていってくれる。しかし、あくまでも日本人を「日本の航空会社」であるJALのチェックインカウンター近くまで送るだけで、JALがどのようなサービスを提供しているかが現地で知られているわけではない、ということだ。
実際に海外で働く社員はどう見ているのだろうか。昨年シリコンバレー駐在所の所長に赴任した籔本祐介さんも、「ここでは“JAL”という会社で見ている人は誰もいないと思います。“日本のエアライン”としか見られていない。日本やアジアのマーケットに進出したい、エアラインと組みたい、という企業の人が関心を示す程度で、JALに乗ったことがある人はほとんどいません」と、厳しい現実を突き付けられた。
「JALだから話をしたいというケースはほとんどありません。そこは覚悟してきました。日本企業の方ですら、JALはシリコンバレーで何やってるんだ? という感じです。僕らはエアラインの範囲内だけで活動しているのではなく、カスタマーエクスペリエンス(顧客体験)の改善など、お客様には見えないところもやっています」と籔本さんは話す。
JALはシリコンバレー駐在所を当初、サンノゼ近くのさまざまな企業が入居する「プラグアンドプレイ」という施設に開設した。今年4月に移転した現在のオフィスは、楽天の米国法人がオフィスを構える建物内にある。
移転した理由を籔本さんは「情報収集には良い場所でしたが、より動きやすい場所にしました。今のオフィスは道が混んでなければダウンタウンも、オークランドも、サンノゼも、みな30分くらいで行けます。以前はダウンタウンまで1時間以上かかっていました」と説明する。
シリコンバレー駐在所は現在、主に3つのミッションを担っている。「協業相手を探すこと、米国やテクノロジーに関する社内への情報発信、社内の風土醸成です。JALの各本部のニーズを把握するだけではなく、ここに来てもらうようにしています。われわれだけでやっても社内に浸透しませんし、実際にやるのは各本部なので、やる気になってもらうことも大切です」(籔本さん)と、最先端テクノロジーとの橋渡しをしている。
「ここ(シリコンバレー)で仕事をしているのと同じ感覚でやってもらう環境作りも重要ですね」と、スピード感のある環境を構築することも重視している。「めざましい成果はまだありませんが、短期間で何かを求めているわけではありません。現在のオフィスに移り、次がスタートしたという状況です」と語った。
“表敬訪問”で終わらせない
しかし、日本の大企業が海外にこうした拠点を構えても、ベンチャー企業と良好な関係が築けるとは限らない。
「相手のベンチャー企業を訪れる際、日本企業でよくある表敬訪問になってしまうことは避けたいです。関係部署の幹部がこちらに来る時は、次につながる前提で話をするようにしています。相手はビジネスをするために会う場を設けているのであって、お金も人も限られているのに1時間も2時間も使ってもらうわけにはいきません」と、籔本さんは話す。
この感覚はシリコンバレー駐在所で籔本さんと行動を共にするマネジャーの加田雄大さんも一緒だ。「相手の貴重な時間を使って表敬訪問で終わり、というのはなしにしたいです。必ず次につなげるように心掛けています」という。
私がシリコンバレー駐在所を訪れた際は、オフィスから近いサンフランシスコ国際空港でJALのスタッフとベンチャー企業がスマートグラスの実証実験を行っていた。空港で機体を整備する際、整備士が装着したスマートグラスを通じて、遠隔地で機体の状況を共有するといった用途を想定したものだ。こうした活動を重ねていくことで、日常業務の課題解決や新サービスにつなげていく。
JALは今年1月に、国内外のスタートアップ企業に投資する「コーポレート・ベンチャーキャピタルファンド(CVC)」として、「Japan Airlines Innovation Fund」を設立すると発表。提携だけではなく、資金面でベンチャーをバックアップする取り組みも強化している。
「ベンチャーキャピタルや日本企業と面談して、1回で複数社を紹介していただいています。短期間でフィットするであろうところを、第三者の目でも見てもらうようにしています」(籔本さん)と、客観的な視点を交えて投資案件を選定している。
籔本さんが昨年赴任後、シリコンバレーで手掛けてきたものの中で多いのが、空港関連の取り組みだ。音声認識技術を使い、誘導路の聞き間違いを防ぐといった提案もあったといい、「空港以外では貨物やドローンの分野ですね。ある課題があったとして、直接関係なくてもこの2分野につながることが多いです」と籔本さん。
「今年はコンペのようなイベントをやりたいと考えています。ここでしかできないこと、ここだからできること、航空会社として解決できることは同業他社とも協力したいと思います」(籔本さん)と、さらなる展開を目指す。
「僕らはたまたま(最先端技術の)入口にいます。社内外の人に活用してもらえればと思っています」という籔本さんは、「明日帰ってこいと言われても、次につながるものを作る意識でやっています」と、熱く語った。
(つづく)
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