3月1日で就航5周年を迎えたピーチ・アビエーション(APJ/MM)。この会社には航空会社では当たり前のように存在する、FAXがない。いや、正確に言うと、オフィスで普段目にするFAX機能を持った複合機はあるが、FAX回線がない。
「プロ集団じゃないと、LCCは成立しない」と明言するのは、CEO(最高経営責任者)の井上慎一。その井上の次の社員番号、2番を持つのは人事・イノベーション統括本部イノベーション統括部グローバルイノベーション課のシステムストラテジスト、坂本崇だ。
本特集では、就航当時からピーチに在籍するさまざまな職種の社員に、入社に至ったきっかけや、5年間の仕事を振り返ってもらう。
第2回目は、社員ではもっとも古くからピーチを見てきた坂本。電子メールや社内ポータルサイトといった、社員が使うオフィスのシステム構築を中心に手掛ける坂本は、どうやって今までにない航空会社の社内環境を整えていったのだろうか。(文中敬称略)
—記事の概要—
・友だちの家みたいなオフィス
・FAX導入しないコスト以外の理由
・「ユーザーと言うな」
・コードレスフォンでつながる社員
*第1回:「格納庫って何ですか?」から始まった
*第3回:「一等航空整備士はスタートライン」
*第4回:「A320で編隊飛行できるのはピーチだけ」
*最終回:「飛行機1機飛ばすって大変なんや」
友だちの家みたいなオフィス
ピーチの設立は、2011年2月10日。当時の社名は「A&F Aviation株式会社」で、現在の「Peach Aviation株式会社」に社名変更するのは、この年の5月だ。立ち上げ当初は、井上が会社設立前に所属していた、全日本空輸(ANA/NH)のアジア戦略室や、外部のLCC設立コンサルティング会社のスタッフが、オフィスに詰めていた。
坂本が入社したのは、就航のちょうど1年前の2011年3月1日。「オフィスに20人いるかいないかでした。社員は井上さんと私だけで、あとはアジア戦略室やコンサルの外国人。外国人はラフな格好で働いていましたよ」と、自由でおおらかな雰囲気だった。
このコンサルの中に元同僚がおり、パイロットを目指したこともあった坂本は、入社を勧められた。
ネクタイを締めて出社すると、「なにネクタイなんかしてるんだよ」と声を掛けられた。「友だちの家みたいな感じで、音楽が普通の音量で流れてました」と、堅苦しくない雰囲気の中、急ピッチでLCCを立ち上げていった。坂本に続くプロパーの社員は、4月1日から次々と入社してきた。
ピーチのオフィスは、これまでに2回移転している。最初の移転は就航前の2011年8月1日で、「建設棟」と呼ばれる空港内の建物に移った。現在のエアロプラザには2015年3月23日に移転したが、設立当初は同じエアロプラザ内に小さなオフィスを構えていた。
一番最初のオフィスは、就航前で人数も少なかったこともあり、簡素なものだった。インターネットへの接続機器も家庭用ブロードバンドルーターで済ませ、建設棟へ移転後に業務用のものに移行した。このルーターは、坂本が入社した段階ですでに設置されていたが、最初に目にした時は衝撃を受けたという。
FAX導入しないコスト以外の理由
こうしたコスト意識は徹底している。会社に導入するシステムの選定を担当していた坂本は、システムをクラウドで組み、自社では資産としてのサーバーは持たないことにした。電子メールや社内ポータルも、自由度はある程度目をつむり、汎用品を採用することでコストを抑えた。
そしてFAX回線も持たず、電話は緊急連絡用など必要性のある回線だけ固定電話を入れ、大半はIP電話を導入することで通信費を抑えている。航空会社という特性上、海外とのやり取りが多いことから、海外との通話には「Skype(スカイプ)」を使う。こうした通信インフラに対する考え方は、就航から5年が過ぎた今も変わっていない。
日本の企業は、電子メールやファイル共有サービスが普及した今も、なぜかFAXを重用している。
FAXを設立時から入れなかった理由を、「コスト以上に理由があります。まず紙の印刷代が掛かり、通信費が掛かる。それだけではなく、受け取った人は、FAXを見ながらExcelなりWordなりで、後作業をしなければならないですよね。お金は掛かる、時間は掛かる、何なんだこれは!と。絶対に導入はやめましょう、となりました」と、背景を説明する。
こうした仕事の進め方の見直しを、「限界まで挑戦しています」と、坂本は笑う。例えば運航関連のやり取りは、既存の航空会社ではFAXを使い、紙に残すやり方を続けているところが多い。坂本は「PDFに出来ませんか?」と提案。最終的には、システム上に報告内容が表示される方式にまとまり、ペーパーレスが実現した。
坂本のコスト削減は、決してやみくもなものではない。必要性のないものと、必要なものを明確に分けて見直している。
「ユーザーと言うな」
国内初のLCCとして、コスト削減につながるシステムを構築する坂本。転職者は、航空会社からも異業種の名だたる大企業からもやってくる。しかし、「大企業からやってきた人は、コスト意識が薄かったですね」と当時を振り返る。
では、コスト意識をどう高めていくか。「お手本がないので、フルカラーだといくらというように、コピーに使う複合機に値段を貼りました」と、複合機のボタンに値段のシールを貼った。
「剥がした方がいいとか、いろいろ意見がありました。それでも、取材を受けたりするうちに理解されていきました」と、3カ月ほど続けたことで成果が出てきた。
社員が使うシステムに対する向き合い方も独特だ。通常はシステム部門が管理するが、ピーチではシステムを利用する部門が「オーナー」となり、自分たちが使うシステムを管理するようになっている。
坂本は当時の部長に、システムを使う社員を「ユーザーと言うな」と口を酸っぱく言われたという。自分たちが使うシステムは、主体的に使ってもらい、コスト意識も持ってもらう。「会社のお金でビジネスクラスに乗る人が、休暇を取って家族旅行する時は、一生懸命パック旅行を探す。それと同じコスト意識を持って欲しいということです」。
人任せにしないことで、「結果として使いやすいシステムができていくんです」と、より良いシステム作りにつながっているという。
コードレスフォンでつながる社員
就航から5年。ピーチはいまや、約900人の社員を擁するようになった。坂本はこれからのピーチを、「大きくなっても、この雰囲気や勢いを忘れず、慢心することなく前に進めるよう、オフィスを作りたいですね」と意気込む。
では、実際にどうやって実現するのだろうか。「実はIP電話がまさにそれなんです。建設棟に引っ越した際、家庭用の電話機を導入したのですが、これだと電話が置かれた場所の人が電話係になってしまう。(就航前に)社員数が100人を超えたころ、これはマズいと、コードレスフォンに替えました。電話の鳴らし方も変えて、順繰りに鳴るようにしたんです」と、坂本は当時を振り返る。
コードレスフォンを導入した際、「部門や職位に関係なく、みんなで電話を取ってください」と、全社員を前に説明した。これを機に、社員の電話に対する意識が変わりはじめ、「みんな電話を取らなきゃ、という意識が目覚めたんです」。
ピーチのオフィスはフリーアドレスなので、隣の人がどのような職種なのかがわからないことも多いという。「人がぶつかる瞬間を人工的に作ることで、連携を生んでいるんですよ」。電話が終わった後のちょっとした会話で、お互いの仕事に対する理解や共感が生まれていく。
社員数が急速に増えた今、コードレスフォンは単なる電話機ではなく、社員同士を結びつけるきっかけ作りの役割も果たしている。
「すごく投資したら、すごく素敵なシステムができるかもしれません。でも、素敵なシステムは、私たちの会社の成功を約束してくれるわけではない」。規模が大きくなったピーチが、大規模なシステムを導入することは不可能ではないだろう。しかし、投資規模に見合ったものになるかは別問題だ。
「意識を高め続けないといけません。知らないうちに、“うちはもう大きい会社なんだから”という考えが生まれます。それは人として、絶対あると思うんですよ」。
ピーチが前に進むため、社員番号2番の坂本は気を引き締めた。
(つづく)
関連リンク
ピーチ・アビエーション
特集・ピーチ社員から見た就航5周年(全5回)
(1)「格納庫って何ですか?」から始まった ブランドマネジメント・中西理恵の場合(17年3月14日)
(3)「一等航空整備士はスタートライン」 新卒1期の整備士、和田尚子の場合(17年4月10日)
(4)「A320で編隊飛行できるのはピーチだけ」 元アクロバット操縦士、横山真隆の場合(17年5月9日)
(5)「飛行機1機飛ばすって大変なんや」 客室乗務員、坂口優子の場合(17年6月8日)
特集・ピーチ井上CEO就航5周年インタビュー
前編 「プロ集団じゃないとLCCは成立しない」(17年3月6日)
後編 「ピーチ変わるな、もっと行け!」(17年3月8日)
就航5周年
・井上CEO「アジアで勝てるのはピーチだけ」 ANAHD子会社化、独自性に磨き(17年3月2日)
・ピーチ、就航5周年迎える CAが記念品プレゼント(17年3月1日)
・ANAホールディングス、ピーチを子会社化 片野坂社長「独自性維持する」(17年2月24日)
・ピーチ初便、定員下回る162人乗せ出発 “コンビニ”のように認知されるか(12年3月1日)