客室乗務員約5400人全員にiPadをひとり1台配布するという航空会社では世界初の大規模導入を行った全日本空輸(ANA、9202)。9月からは第2弾としてグループの運航乗務員約2200人全員にもiPadを配布するプロジェクトをスタートした。当初は約300人に配布し、3カ月かけて検証を実施する。
運航乗務員の現場にiPadを導入する狙いは何か。連載「雲上のiPad活用術」第2回目は、ともに機長を務められている運航本部グループフライトオペレーション品質企画室品質企画部担当部長の鈴木高博さんと、運航本部FOCエアバス部業務推進課主席 兼 GFO品質企画室品質企画部主席の伊藤章弘さんにお話を伺った。
国産を使いたかった
「最近のiPadばやりで飛びついた、という計画ではないんです」。伊藤さんはこう切り出すと、2008年ごろからノートパソコン(PC)を使った検証を始めていたと続けた。「iPadが世に出なかったとしても、何らかのモバイル端末を持つことにはなったと思います」。では、どういった経緯でiPadに決まっていったのだろうか。
09年には運航乗務員が「APP(アドバンスト・パイロット・プランニング)委員会」を社内に設立。5年後、10年後を見据えた業務改革のビジョンを策定した。ANAがローンチカスタマーとなったボーイング787型機では、運航乗務員がノートPCを活用することは決まっていたが、「モバイル性に欠ける、起動が遅いといった問題がありました」(鈴木さん)。また、4年前に伊藤さんがノートPCとPHSでトライアルを行った際には、試用した運航乗務員から「これ本当に必要なの?」という声が上がったという。こうした経緯から、鈴木さんはノートPCでは満足な結果が得られないと判断した。
鈴木さんによると、堅牢性の高い国産のノートPCやタブレットを含め、あらゆる端末でテストを行ったという。Windows OSの場合、起動が遅く、電池の持ちも悪いことに加え、当時はタッチ式端末として使う場合に十分な性能が得られなかったことも機種選定に影響した。「(タッチパネルでの操作を考慮した)Windows 8が当時あれば違っていたかもしれないですね」と鈴木さんは語る。また、日本の航空会社として「国産を使いたかった」という思いもあった。
iPad採用の決定打となったのは、FAAの承認が下りたことだった。電波干渉や急減圧に対する性能が証明されている唯一の端末で、機体メーカーのエアバスやボーイングがアプリを開発しているのもiPadならではの特徴だ。
現在、機種はiPad 2で統一しており、9月にスタートした検証では、335人に配布した。端末はリース契約とし、2、3年ごとに更新していくそうだ。
EFBとしての利用も視野に
鈴木さんは日本の法整備が進み、iPadを「エレクトロニック・フライト・バッグ(EFB)」としても利用できるようになることを想定して準備を進めている。EFBは運航乗務員用に電子化された各種性能計算、フライトマニュアルなどが表示されるもので、機体システムの一部としてコックピットに据え付けられたタイプ(クラス3)や既製品のポータブルPC(クラス1と2)をベースとしたものがある。
ANAではボーイング777型機の一部や787にクラス3のEFBを導入している。このEFBでは、電子マニュアルの閲覧や性能計算、空港の地図を見ることはできるが、運航乗務員がさらに必要とする機能を後から加えるのは難しいという。
「技術的にできなくはないと思いますが、開発には莫大な費用と時間がかかります。EFBに標準装備された機能以外はiPadでやるほうが安価で効率的にできるのではないでしょうか」と鈴木さんはiPadの汎用性に着目する。
マネジメント改善にも活用
鈴木さんはiPadをマニュアルの電子化やEFBとの融合以外に、業務効率化などマネジメントの改善にも利用できるようにした。多くの運航乗務員が世界各地にいるため、スピード感のある情報共有や決裁などにもiPadは有効なツールだという。
世界各地にいる全運航乗務員に、重要情報を速やかに伝えることは難しい。これまではホテルのFAXなどを利用していたが、iPadであれば情報共有は容易になる。また、決裁や意思決定を遅滞なく進めることも組織マネジメントでは重要な課題だ。
国際的な競争が激化する航空業界。伊藤さんは「ANAの強みは組織力です」と語る。運航乗務員の技量にばらつきがある場合、海外の航空会社では技量が落ちた時点で解雇される社もあるが、ANAでは全員で品質が向上するように対応しているという。
「これから運航乗務員の稼働率を上げていきます。国際線も増えるので、これまで行ってきた対面でのコミュニケーションが減る分をiPadで補いたいです」(伊藤さん)と、マネジメント面でのiPad活用にも力を入れる。
揺れない飛行機を
運航乗務員へのiPad導入で乗客には何かメリットがあるのだろうか。鈴木さんは気象情報をよりタイムリーに入手できるようになる点を挙げる。
これまでは社内の端末で気象情報を確認し、飛行計画を策定。承認されたものを運航乗務員が印刷して機内で利用していた。これがiPad上で行えるようになるほか、雨雲など機体が揺れる要因をより的確に捉えられるようになるという。こうした情報はいままでは社内で見るか、無線を使って口頭で教えてもらうしかなかった。
「運航乗務員は国内線では1日3便から4便飛ぶので、時間がないと文字情報や口頭でのやりとりになってしまいます。iPadでは雨雲の動きを動画でも見られるので、天候の変化を予想をしやすくなります」と語る鈴木さん。場所を限定せずに最新情報を入手できることで、時間がない場合も社内と同様の情報を基に判断ができるようになる。
iPadの導入で、鈴木さんは「天候不良などのイレギュラー運航時に十分な対応をしていきたいです」という。また、伊藤さんは「客室乗務員のおもてなしはわかりやすいが、運航乗務員にもお客様のケアはできると考えています」と話し、揺れない飛行機を、魂を込めて飛ばしたいと語った。
鈴木さんと伊藤さんは、現在は社内PC用に作られている気象情報の社内ウェブサイトをiPadに最適化するなどの改良を進め、2013年2月からの本格導入を目指す。(最終回・導入と今後についてはこちら)
関連リンク
全日本空輸
連載・雲上のiPad活用術(全3回)
・ 「壊れない」「止まらない」業務機からのパラダイムシフト(最終回)
・iPadはANA客室乗務員の業務をどう変えたか 世界初の大規模導入から半年(第1回)