エアライン, ボーイング, 機体, 解説・コラム — 2013年7月11日 21:17 JST

着陸ではなく着陸復行の失敗か 特集・アシアナ機事故とヒューマンファクター(1)

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 サンフランシスコ国際空港で7月6日(現地時間、以下同)に起きたアシアナ航空(AAR)のボーイング777-200ER型機(登録番号HL7742)の事故を、多くのメディアが着陸失敗だと報じている。

 しかし、この事故は着陸の失敗ではなく、着陸をやり直す着陸復行(ゴーアラウンド)の失敗だというのが、元パイロットとしての経験に基づく筆者の考えだ。単なる言葉の言い換えではない。なぜなら、状況を正しく判断し、適切な着陸復行の手順を実施していれば、地面への激突は避けられた可能性がわずかとはいえ、あったからだ。

 米国家運輸安全委員会(NTSB)からの正式な発表を待たず、安易な憶測で語ることは厳に慎むべきことだ。しかし、今回の事故を契機に航空機の安全運航の中で、特にヒューマンファクターについて考える上で参考になると思い、考察することとした。

失速からの回復操作ミスか

天井が焼け落ちた事故機の前部胴体(NTSB提供)

 NTSBの発表によると、事故機では最終進入時の速度低下と、スティックシェーカー(失速警報:操縦桿を振動させ失速を警告する機能)の作動が見られた。この2つとくれば、間違いなく着陸間際の失速である。

 航空機は完全に失速(コンプリートストール)すれば操縦不能となる。そのため、旅客機には完全な失速を防止するため、速度低下、すなわち迎え角の増大を警告する機能が装備されている。

 それがスティックシェーカーなのだが、速度低下に気づかずシェーカーが作動した場合の完全失速を回避する回復操作では、まず機首を水平程度にまで下げてエンジンパワーを最大にし、高度損失を最小限に抑えつつ速度を増加させねばならない。パイロットであれば当たり前の、訓練でも必ず行う失速からの回復操作なのだが、ここで難しいのが高度損失を最小限に抑えることだ。

 最終進入中の、しかも地面が迫っている接地直前の状態で、この操作を行うことは極めて困難であり、通常の失速からの回復操作を行っていたとしても、滑走路への激突は避けられなかったかもしれない。しかし、伝えられている通り、また偶然撮影された映像を見る限りにおいて、事故機は機首上げを試みたようだ。

 通常の着陸復行では、このような操作は間違いではない。エンジンパワーを最大にし、機首を上げるのは一般的な着陸復行の手順である。

 しかし、スティックシェーカーが作動するほどの低速度で機首上げを行うのは、ほぼアイドリング状態のエンジンがフルパワーに達するまでの、8秒程度のタイムラグを考えれば、その間より完全な失速へ近づくことを意味しており、パイロットが意図していたと思われる着陸復行は、不可能であった可能性が高い。

 機首上げは着陸復行の手順としては正しく、一見機体が上昇しそうなものだが、実はこれは失速からの回復操作では、最悪の手段なのだ。

失速とは

迎え角(上)と揚力係数の概念図(各種資料から筆者作成)

 飛行機は空気中をある速度以上で飛行する時、翼が揚力を発生し浮くことができるが、無論、その速度(対気速度)には幅がある。

 ある重量に釣りあう速度の幅は空気の流れに対する翼の角度(図参照:これを迎え角という)によって変わるが、速度が小さく(遅く)なればなるほど、迎え角は大きくしなければ十分な揚力は得られない。もちろん、どこまでも大きくできるわけではなく、ある角度で一気に揚力を失うことになる。これが失速だ。

 揚力と迎え角は、通常、正の相関(迎え角を大きくすれば揚力も大きくなる)にあるが、完全な失速の前には、揚力と迎え角の間に負の相関(迎え角を大きくすれば、逆に揚力が小さくなる)がある。グラフの赤い○印で囲んだ部分だ(グラフ参照)。

 着陸時を含む通常の飛行において、このグラフの「CLmax」を超える迎え角で飛行することはあり得ない。しかし、スティックシェーカーが作動し続けている状況では、この速度領域に機体があった可能性がある。

 揚力と迎え角の関係がこの部分にあると、上昇しようと機首を上げようとすればするほど、地面から逃げようとすればするほど、さらに揚力を失い、結果として高度を失うことになる。これが岸壁に尾部を激突させた理由だ。

 10日、パイロットからの聴取内容の一部が報じられたが、滑走路が見えなかったという発言も、この機首上げを裏付ける。着陸復行をしようと機首を上げ、上昇しないからさらに機首を上げる──。エンジンパワーの追従が遅いため、さらに揚力を失い高度を失い、滑走路の手前で地面に激突する──。着陸直前の7秒から滑走路への激突までの状況は、このようなものであったと推測される。

どう操縦すれば良かったのか

 事故を回避するには、意を決して地面に突っ込むつもりで機首を水平に戻し、地面ギリギリで水平に飛んで加速し、ゆっくりと機首を上げ上昇する必要があったのだ。しかし、仮に機首を下げ水平飛行を試みても、そして地面近くの航空機に対する地面効果(地面付近では揚力が増加する現象)を考慮しても、地面との接触が避けられたかどうかはわからない。もちろん、このような一か八かの判断を、瞬時に下すことができたとも思えない。

 お亡くなりになったお二人の若い女性とそのご遺族、ご関係者にはお悔やみを申し上げるほかない。不幸中の幸いともいうべき死者の少なさは、本来なら大惨事になっていてもおかしくなかったこの事故で、地面との接触が結果的に機体の速度を大きく落とすことにつながったからだと想像できる。

問題は地面に激突する7秒よりも前にある

 そもそも、通常の着陸復行さえ難しくしてしまった最終進入(アプローチ)自身に問題があったのは明らかだ。メディアでは滑走路激突までの7秒間をさかんに論じているようだが、実はあまり意味はない。

 この7秒以前にコックピットで何が起こっていたのか。これこそが事故原因の本質だろう。分析された進入パスを見る限りにおいて、筆者の経験上からもある想定が可能なのだが、これについては次回に述べたい。(つづく

プロフィール
山口英雄(やまぐち・ひでお)
航空運航情報系コンサルタント
元国土交通省航空局飛行検査官。操縦士、機長としてYS-11、ガルフストリームIV型機を運航。退官後、スターフライヤーでA320操縦士として乗務。退職後は次世代管制システム等を踏まえた航空運航情報系システムの提案等を手がける。

関連リンク
National Transportation Safety Board
アシアナ航空

特集・アシアナ機事故とヒューマンファクター
最終回 事故原因をヒューマンファクターから探る
第4回 個人のスキルよりチームワーク
第3回 オートメーションシステムが招く錯覚
第2回 事故までの5分間、何が起きたのか

アシアナ航空、サンフランシスコで着陸失敗 777初の死亡事故